第40話 自信の無い俺の支えの回

 相川に言われた事をずっと考え込んでいたら、いつの間にか賢太郎の家に到着していた。学校の玄関で待ち合わせをして、一緒に帰って賢太郎の家でトレーニングをする。毎日の日課になったこの遠足部の活動はすごく楽しい。


(でも賢太郎はどうなんだろう? 山岳部でも賢太郎なら十分ついていけただろうし。相川も賢太郎に山岳部へ戻って欲しいみたいだった)


「ヒカル? どうした?」

「あ、ううん。ちょっとトレーニングのレベルを上げようかなって思って。明日から夏休みだし」

「あー、確かに。じゃあ何時に来る? ついでに宿題も俺んちで一緒にするか?」


 夏休みになる明日からも当然のように一緒に過ごす事を前提で話す賢太郎に、ストレッチをしながらも嬉しくて思わず頬が緩む。


「うん。明日から午後一番でここに来るよ。でも、いいのか?」

「何が?」

「こう毎日俺がお邪魔してもいいのかなぁって……」


 賢太郎は両親から許可を貰っているし気にするなと言ったけど、ほぼ毎日賢太郎の時間を独り占めしてもいいものかと考える。実は他にしたい事があるんじゃないかとか、毎日は流石に負担なんじゃないかとか。


「いいんだよ。それとも、もう俺といるのが飽きたとか?」


 同じようにストレッチをしながらお得意の揶揄うような意地悪顔で尋ねてくる賢太郎に、いつものように馬鹿みたいに正直に反応してしまう俺。近頃気付いたんだけど、賢太郎はわざと意地悪な事を言っては反応を見て楽しんでいる時があるように思える。


「そんな訳ないだろっ! 俺に合わせてたら、賢太郎がつまんないかなって心配だっただけだよ!」

「へぇ……」


 少し離れた場所でストレッチをしていたはずの賢太郎が、スクッと立ち上がってスタスタと俺の方へと歩いて来る。両足を揃えて真っ直ぐに伸ばしペタリと座ったままの俺の太ももの上に軽くまたがったかと思えば、顔と顔を近付けてじっと目を合わせてきた。


「これだけしっかり伝えてるつもりなのに、まだ俺の気持ち分かんないのか?」

「え……」

「俺は、ただヒカルと一緒に居るだけでいい。今も昔も、つまんないなんて思った事一度も無いぞ」

「あ、ありがと……う……ッ⁉︎」


 そのまま両頬を手で固定されて、柔らかな感触が言葉を奪った。そしていつもと同じように段々と深まっていくその行為と共に、心なしか賢太郎が身体を密着してくる。そうなると致し方ない生理現象に襲われて、それをどうにか知られないようにと必死になる俺というのが最近のパターンになっていた。


「何で逃げようとすんの?」

「息……ッ、苦し……くて」


 思わず鼻息が荒くなるくらいの時間続くキスと、ゆるっとしたジャージでも窮屈さを感じる程になった下腹部に堪えられなくなって身体をよじった。


「苦しいのか? どこが?」

「呼吸だよっ! こ・きゅ・う!」

「それだけ?」

「それ以外に何があるんだよ!」


(絶対気付いてる……。っていうかさ! これ、完全に賢太郎も我慢してるじゃないか!)


 揶揄うように笑いながらもわずかに上気してどこか色気のある賢太郎の表情と、密着した下腹部の兼ね合いからそう判断する。好きな相手とくっついていたら仕方ないのかも知れないけど。


(近頃こんな風に賢太郎が戯れてくる事が多くなってきた気がする)


「ほら! 筋トレ! キャンプに向けて頑張るぞ!」


 賢太郎から視線を逸らし、張り切る声だけは馬鹿みたいにデカいのが出た。


「そうだな、キャンプ……どこ行くかな」


 そう言いつつ立ち上がって大人しく離れたところに座った賢太郎だけど、その時まともにそっちを見られなかった。そんな反応すらも楽しんでいるような気配がひしひしと伝わってくる。


「い、今まで賢太郎が家族で行った事がある場所でいいだろ! とりあえずはデイキャンプだし」

「じゃあ、あそこにするか」


 結局俺達がデイキャンプを行うキャンプ場は、賢太郎が今まで何度か行った事があるところに決まる。決行は三日後、それまでに足りない物を買いに行くことになった。


「めっちゃ楽しみだな! 外でバーベキューとかした事ないからなー!」

「ヒカルは肉好きだしな」

「そう! 絶対外で食べたら美味いだろ!」


 筋トレをしながら初めてのバーベキューに思いを馳せて目一杯はしゃぐ俺を見る賢太郎の目はとても優しい。あまり学校では大きく表情を動かさない賢太郎が、俺にだけこんな風に優しい眼差しを向けてくる事が嬉しかった。


(本気で山岳部に戻りたいなら、きっと賢太郎は俺に話してくれるはずだ。賢太郎は絶対俺に嘘は吐かない)


 賢太郎みたいに運動が出来る訳じゃ無い、山岳部だってたった二日で退部して自分にあまり自信の無い俺には相川の言葉が酷く堪えた。だから賢太郎から直接与えられる言葉、それだけが心の支えみたいなものだった。 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る