第22話 遠足部の活動開始の回
「も、もう無理……っ! 賢太郎っ! もう無理だって!」
「いや、もうちょっとだから! ほら、頑張れ!」
あの後賢太郎の部屋に移動して、俺達が始めたのは今人気だという『自宅でできる筋トレ動画』を見ながらのトレーニング。
はじめはブレザーだけ脱いで制服で取り組んでいた運動も、複雑な動きは難しく賢太郎のTシャツとジャージを借りることにした。
Tシャツはまだしも、俺より十センチほど身長が高い賢太郎のジャージは着ると少しだけ大きかった。
仕方なくウエストをギュッと紐で縛り、裾を折り上げ必死で動画と同じ運動に取り組んだ。
だけど運動音痴の俺と違って賢太郎はどう見ても余裕そうに運動をこなしては、こちらを向いて何か言いたげにしている。
俺だって、初心者向けだというストレッチまでは何とかついていけた。
だけどそのあとの筋トレは、たった数回するだけで身体がガクガク震えて汗が噴き出した。
「何だよ……っ⁉︎ ハァ……っ、何でニヤニヤして見てるんだよ!」
「いやー、ヒカルが俺の服着てるだけでも新鮮なのに、裾とか折ってブカブカしてるのが微笑ましくて」
こっちは息も絶え絶えなのに何を言ってるんだ、この男は。解説付きの動画は分かりやすいしBGMに合わせて運動するのは楽しいけど、とにかくキツイ。
「はあ……ッ、もう、そういうのいいからっ! 残りあと何分⁉︎」
「あと三分」
(随分と長い時間この筋トレをしてると思うのに、まだあと三分もあるのか!)
動画は『たった二十分! 楽しく筋トレ』というタイトルだったけど、全然楽しむ余裕がない。
「ひぃ……っ、まだあと三分も、あるのか……っ」
「ほら、頑張れヒカル」
「何で、そんなに余裕、ハァ……っ、なんだよ……ッ」
「俺は毎日してたからな」
どうやら賢太郎のガッチリした体型はコレによるものらしい。見た目はそう見えないが、抱き締めた時に抱き心地がしっかりしてた……なんて思ってると動きが動画に遅れそうになる。
「あと少しだ! 頑張れ、ヒカル!」
(俺だって、頑張ればきっと少しはやれるようになるはずだ。よし、やるぞ!)
急にやる気が出てきて残り時間を何とかやり終えた俺は、床にバタンと転がって息を荒くしながらも達成感に満ちていた。
「はあ……っ、ハア……ッ、やった……」
運動が人並みに出来る人間からすれば大した事がないと思うかも知れないが、俺のように根っからの運動音痴で体力もない人間にしてはよく頑張ったと思う。
「お疲れ。ほら、飲めよ」
「ありがと」
差し出された物を素直に受け取ってゴクゴク飲むと、何とも粉っぽくて酸っぱくて奇妙な味がしたので驚いた。
「賢太郎……これ、何?」
「プロテインだよ。柑橘系の味だけど、マズイか?」
「変わった味だけど、コレって身体に良いんだよな。それなら頑張って飲む」
正直あまり好きな味では無かったけど、頑張って体づくりをして登山をするんだからと、強い決意を持って一気に飲み干す。
隣で賢太郎はそんな俺のことを穏やかな表情で見つめていて、目を合わせたら顔がまた赤くなりそうだったから気付かないふりをした。
初めて賢太郎の家に遊びに来たというのに、ゆっくり部屋を見渡す間も無く始まった筋トレがとりあえずひと段落すると、グルリと視線を巡らせてみた。
賢太郎の部屋は物が少なめでシンプルに片付けられていて、俺のゴチャゴチャした部屋に比べたらえらく大人びた部屋だった。
「この部屋って、賢太郎と同じで大人っぽいんだな」
思わず口をついて出た言葉に、ハッとして口元を押さえたがもう遅かった。口の端をクイっと上げて意地悪そうな顔つきになった賢太郎が、揶揄うように答える。
「へえ、ヒカルは俺のこと大人っぽいとか思ってるんだ。同い年なのにな」
「だってさ! 賢太郎、あのアウトドアショップで会った時も大人っぽい服装してたし! それに、それに……平気で俺に……キ、キスとか……するし……」
尻すぼみになった言葉は、それでもしっかり賢太郎の耳には届いたようで、
「何だかそういうの、慣れてるのかなって思ったから……」
すぐ傍まで近寄ってきた賢太郎に、俺は不貞腐れたような態度でそう告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます