第23話 醜い傷に口付けを、の回
俺は恋愛なんてまともにした事がなかったし、中学の時だって男友達とワイワイやるのが楽しかったから彼女だっていたことは無い。
だけどダイは彼女を取っ替え引っ替えしてて、中学生で脱童貞したって話もしてたし、もしかして賢太郎もそうなのかなとか考えていた。
(色々想像してちょっと、いやかなり嫌な気持ちになっているのは
ジリジリと距離を詰められて、背後に逃げ場もなく追い詰められた俺は、それでも何だか余裕の表情をしている賢太郎に段々と腹が立ってくる。
「そう言うヒカルは? 彼女とかいなかったのか?」
「いないって! 話をはぐらかすなよ! 今は賢太郎の話をしてたんだろ!」
思わず視線を下に背けて口調も荒くなると、目の端っこに映った賢太郎は一瞬目を見張って驚いたような顔をしていた。
「ヒカル、何で怒ってんだよ?」
「別に、怒ってない」
明らかに怒った口調で、視線も合わせないんだから「怒ってます」と言っているようなものだ。自分でも子どもっぽいとは思うけど、それでもそんな態度を取りたくなるくらいにはモヤモヤしていた。
「怒ってるだろ? 何で?」
「賢太郎はッ! ……賢太郎はさ! 今まで彼女とかいたのかよ⁉︎」
馬鹿みたいな態度だと自分でも分かってたけど、恥ずかしさとどうする事も出来ない苛立ちで、どうにもおかしくなってきた。
賢太郎はいつの間にかふざけた表情を引っ込めて、真面目な顔をして食い入るように見つめてくる。
「ヒカル……。もしかして、それってヤキモチか?」
図星を突かれ耐え切れなくなって、借り物だという事も忘れてバッとTシャツを捲り、それで顔を覆い隠す。
「……ッ!」
その時、確かに賢太郎が息を呑む音が聞こえた。それで俺は隠したかった物を自分から曝け出してしまった事に気付く。
ドクンッ! と胸が鳴った。甘い高鳴りではなくて、焦りと不安の動悸だった。
「ごめん! 汚くて、見苦しいよな!」
捲ったTシャツから覗いたのは引き攣れた痕になった古傷。胸の真ん中にある古い
子どもの頃に転んで怪我をして出来たらしい傷痕は、日焼けをあまりしていない俺の白い肌にその部分だけ赤みを帯びさせていて目立つ。
俺の身体にこんなに醜い傷痕があるなんて、賢太郎には知られたくなかった。
「……もう、痛まないのか?」
何故か賢太郎は今にも泣きそうな声で尋ねてくる。そしてゆっくり手を伸ばして、直したTシャツの上からそっとそこに触れた。
「もう痛く無いよ。小さい頃の傷だから」
「そうか……、良かった」
心底ホッとしたように優しく笑う賢太郎を見ていると、視界は次第にじわじわと滲んでくる。
やがて瞳に溜まった雫は目尻からポロリと零れ落ち、頬から顎へと伝っていく
「ヒカル? なんで泣くんだ?」
「賢太郎が優しいから……。俺、傷痕が恥ずかしくて。醜いって、嫌われたらどうしようって思ったのに。お前が優しいから嬉しくて……」
「なぁ、もう一回見せて欲しい」
「何でだよ」
もう一度見せろと言う賢太郎に抗議のつもりで返事をしたのに、黙ってこちらを見る賢太郎が一向に引く気配が無いから、仕方なくもう一度Tシャツを捲った。
床に座ってTシャツを捲る俺と、向かい合って胸の傷痕をまじまじと見つめる賢太郎。
すると賢太郎の黒い短髪がすっと俺の胸元に近付いた。
「ちょ……っ!」
制止する間も無く賢太郎は胸の傷痕に軽く唇を寄せた。まるで治療するように柔らかな感触がそっと傷痕に触れて、離れてまた触れる。
「ほらッ! こういうとこが手慣れてるって……っ!」
突然の行動に驚いて思わず身体を硬くしたが、こういう事をサラリと出来る賢太郎に、やっぱり慣れてるじゃないかと複雑な気持ちを抱いて問う。
「賢太郎は、俺の知らない誰かにも……こんな事したのか?」
自分の身体のひどく醜い部分に、こんなに優しく触れられる事があるなんて思いもよらなかった。
けれども尚更嫉妬が大きく膨らんで、問いかける声は震えていた。
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