第21話 賢太郎の家へはじめての呼ばれたの回

 賢太郎の家は学校からすぐ近くの住宅街にある一戸建てだった。

 生まれてこの方ずっとアパート暮らしの俺にとっては一戸建ての家は憧れで、敷地に入るなり思わずキョロキョロと見回してしまう。

 広々とした、とは言えなくともちゃんと木々が植わった庭があって、そこには色とりどりの綺麗な花が植えてある。


「ヒカル、何か珍しいものでもあるのか?」

「いや、庭付きの家っていいなぁって。俺んち、ずっとアパートなんだよ。だから木とか花がある庭があるなんて羨ましいなって」

「……全然羨ましくなんかないよ。こんな家、引っ越さなくても俺はアパートでも良かったんだけどな」

「え……?」


 急に隣を歩く賢太郎の顔に翳りが差した気がして、俺は思わず前に回り込んで覗き込んだ。


「何かあった?」

「いや、悪い。何でもない。ほら、入れよ」


 玄関の扉を開けた賢太郎の顔はいつもの通りに戻っていて、俺はそれ以上話を聞く事ができなかった。


 家の中に足を踏み入れると木が多く使われた内装が落ち着いた雰囲気で、花柄の玄関マットやアンティークのようなおもむきのある小物がセンス良く飾られている。

 まるで雑誌から飛び出してきたようなおしゃれなインテリアはとても可愛らしくて、黙ってると無表情で怖いイメージの賢太郎とはミスマッチだ。


「なんか、センスのいいインテリア雑誌に出てくるような家だな」

「母親の趣味だ。こういう家に憧れてたらしい」

「へぇー」


 至る所にドライフラワーや生花が飾られている。庭が綺麗に手入れされていることも考えると、きっと賢太郎の家族は植物が好きなんだろう。


 どこを向いてもやはり洒落たリビングに通されると、そこには釣り道具も飾られている。

 戸棚の上の写真立てには両親と一緒にキャンプをしているような賢太郎の姿もあった。


「釣り、誰がするの?」

「ああ、メインは父親だけど俺も少しだけ。両親ともにキャンプとか好きでさ。昔からよく連れてかれた」


 リビングに接したキッチンから戻った賢太郎は、ペットボトルのスポーツドリンクを俺に手渡しながら写真立てに目をやった。


「そうなんだ。いいなぁ、また教えて欲しいな。俺、釣りとかした事ないんだよ」

「そうだな。二人だけの部活、どうせなら釣りもやるか」

「あっ! そうだ、その部活なんだけどさ……」


 実は、俺と賢太郎二人だけの部活に名前をつけようと思って考えていた。

 色々と候補はあったけど、とある名前に決めた。


「俺、色々考えて昨日名前だけは決めたんだ。言ってもいいか?」

「へぇ! 何て名前? まさか山岳部じゃないんだろ?」

「当たり前だろ! あんまり思い出したくないし、山岳部はもういいよ!」


 期待した顔でじっと見つめられると、自分が昨日割と真剣に悩んで命名した名前が少しだけ恥ずかしくなる。俺的にはしっくり来たんだけど。


「何? じゃあヒカルと俺だけの部活は何部になった?」

「……遠足部えんそくぶ


 そう、俺と賢太郎二人だけの部活の名前は『遠足部えんそくぶ』に決めた。俺は小さい頃から遠足って行事が大好きで、運動は苦手な癖に遠足でちょっと遠くまで歩く時には張り切って頑張ってたのを覚えてるから。


「え、やっぱり嫌だった? 遠足部。俺、昔から遠足の時だけは皆についてしっかり歩けてたんだよな。みんなで弁当食べたり、いつもと違う場所で遊んだりして楽しくてさ。でもやっぱり子どもっぽいかな?」


 えらく反応の薄い賢太郎に、心配になった俺は尋ねる。


(やっぱり遠足部はナシなのか?)


 俺の言葉を聞いてから、ボーッと何かを考えている様子の賢太郎はハッとしてその顔に笑顔を貼り付けた。気を遣っている感じの笑顔だって、鈍感な俺でも気付く。


「遠足部っていかにもヒカルっぽいな! いいんじゃないか。遠足部!」

「本気で思ってるのか? 嫌なら言えよ」

「嫌じゃないよ。遠足部っていうと、色々出来て楽しそうだし」


――……の時、一緒に……よう! 絶対ね!


 少し様子のおかしな賢太郎を見ているうちに、またぼんやりとした声が頭の隅をよぎった。

 しかし、毎回ストッパーのように襲ってくる軽い頭痛と胸の違和感と共に、その記憶は自分の意志で慌ててどこかへ仕舞う。

 前世の無くした記憶の一部なのか、俺は近頃こんな事がある度にとてつもない恐怖を感じていた。

 何か分からないけれど思い出すのが怖いし、深く考えたくも無いという不快感。

 

「それで、今から賢太郎の家で何をするんだ?」


 全身を包む違和感を振り払うように、俺は努めて明るく賢太郎に問いかけた。




 

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