第20話 ダイには好物の牛丼の回
翌朝俺はホームルームが終わってからすぐに誰か他のクラスメイトがダイを呼ぶ前に、急いで声を掛けてから腕を掴んで教室の隅に引っ張っていく。
「ダイ、昨日はありがとな」
「おお! どうなった? 昨日の夜ヒカルと通話しようとしたのに、随分と長い時間繋がんなかったぞー」
「ご、ごめん。多分その頃は賢太郎と話してて……」
「ふうん……。で?」
そう言って今日も念入りに髪をセットしたダイは、耳元のピアスをいじりながらニヤリと笑った。
絶対に俺と賢太郎がどうなったかなんて大体想像がついてるくせに、わざと俺の口から言わせようとするダイは本当にいい性格をしている。
「賢太郎と……、付き合うことになった」
教室で恋愛の話をする事なんてなかったから、周囲のクラスメイトが聞き耳をたてているように感じて、思わず小声になる。
「やっぱりか! 良かったな!」
それなのに、構わずでかい声で反応するダイの頭を俺は軽く叩いて抗議した。
「ダイ! 声がでかいって!」
「悪い悪い。賢太郎もお前もグダグダしてるから、昨日で話が終わんないかと思ってたからさ。安心したわ」
俺に叩かれて乱れた髪を直しながら今度は小声で答えるダイは、揶揄うようにニヤニヤした顔から心底ホッとしたような表情に変わる。
「何だよそれ。……まぁいいや。それでさ、今度ダイにお礼するよ。何がいい?」
「えー、それじゃあさ。牛丼奢ってくれよ」
「牛丼? ダイは本当好きだなー。いいよ、お前がそれでいいなら」
「やった、頼むな!」
そこまで話したところでチャイムが鳴り、話は終わりになった。
その日一日山岳部の部員から何か言われたりしないかと緊張していたが、本当にたった二日で辞めるような奴のことはどうでもいいのだろう。
良かったと言うべきか寂しいと思うべきなのか、誰からも声を掛けられなかった。
放課後になり、友達に囲まれてどこか遊びに行く様子のダイに別れを告げた俺は教室を出てコッソリと賢太郎のクラスの前を通ってみる。
さりげなく覗いた教室には女子が数名集まって話しているだけで、賢太郎の姿は無い。
別に今日は約束している訳でも何でもないけど、クラスが違うだけでほとんど顔を合わせないような学校だから、「放課後ちょっとだけでも話せたら」なんて思っていた。
俺と賢太郎は恋人同士になったけど、付き合うって言っても何をすればいいのかなんて知らない。
一緒に帰るって言っても方向は間反対だし、そもそも次にいつ会うとか約束もしてなかった。
「昨日、やっぱりDMしとけば良かった」
しかも、よりにもよって今日はスマホを家に忘れてきた。色々後悔しても今更遅く、ボテボテと玄関に向かって歩く足取りは重い。
クラスの靴箱の近くまで来ると、柱に背を預けてスマホを覗き込む短髪で背の高い姿が目に入った。
「賢太郎?」
(もしかして、待っててくれたとか?)
その名前を呼ぶ声は、隠しきれない嬉しさが滲み出ていたかも知れない。
スマホから視線を上げた賢太郎はフワリと笑って柱から離れ、こちらに足を踏み出す。いや、賢太郎ってこう見ると背が高くてマジでカッコ良くないか?
そう考えるだけで、俺の心臓は全速力で血液を全身に送り出しているかのように脈打って身体が熱くなった。
「おつかれ。さっきDMしたんだけど、見てなかった?」
「ご、ごめん! スマホ家に忘れてきた」
声は裏返るし、自然に接しようと変に焦って両手を大きく振ったりして、明らかに怪しい動きになった。
「どうした? ヒカル、焦りすぎだろ」
可笑しくて堪らないという風にフッと息を吐いて笑った賢太郎に、俺はつい見惚れてしまう。
(賢太郎は何でそんなにいつも自然でいられるんだろう? 俺なんか意識し過ぎて恥ずかしいくらいに慌ててしまうのに)
「ごめん。あの、DM何て送った?」
「ああ、今日から活動するのか? 二人だけの部活ってやつ」
そうだ、二人だけの部活。それを理由に、これから毎日賢太郎と放課後に一緒にいられる。
俺は嬉しくなって頬が緩むのを我慢出来なくなった。
「今日からする! って言いたいところだけど。実はさ……、何からするとか決めてないんだよ」
昨日は賢太郎との事があって、完全に頭から抜けてた。こういう絶妙に抜けてるところが俺のダメなところなんだ。
「そうだろうと思った。じゃ、今から俺んち行くぞ」
そう言って賢太郎は笑うけど、俺は全く話が読めなくて戸惑った。
とにかく急いで靴を履き替えて、足の長い賢太郎の歩みに遅れないようにとついて行った。
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