第8話 004




 寝室の用意がすべて整うのを待たず、魔術師が築く黒の魔方陣はゆっくりと寝台の上まで滑り込んだ。それは光の粉を散らすように解かれていって、後には柔らかく沈むシーツにその体重を受け止められたノイン先生が残る。

 彼の顔色は蒼白。それどころか、精神体内を蝕む『穢れ』の色が滲むかのように、灰色がかってさえ見えた。時折、その肌や四肢にびりびりと黒い電流のようなものが這う。

 魔法士三人が立ち位置を整えて、『穢れ』の影響を封じ込めるための結界を築いた。……それは同時に、結界内を満たす魔力によって、ノイン先生の魔力の乱れを抑える効果もある。

 クラヴィス王子風に言えば、この三人が「血を拭いて」くれている、ということになる。

 三人が築く結界の中には、魔法士が一人残った。

 彼は独力で魔方陣を描くと、ノイン先生の精神体に向き合う。……『穢れ』の威力を弱めるガードを、先生の内側に作り出すために。

 ──この世界の人たちは、たとえ魔法・魔術を職業にするほど強いものでなくても、必ずその身に魔力を湛えている。

(そして、精霊の加護を受けている……?)

 そうなのだっけ、とどこかぼんやり、わたしは自分の知識を探ろうとする。

 でも、そうして加護を与える精霊は守護霊状態だから、わたしの目には見えないんじゃなかった? というか、そもそも精霊を得るほど魔力の強い人は、魔法士や魔術師になっているはずで……。

 じゃあどうして、ノイン先生には大きなおじい様が付いているんだろう。

「リリステラ様、結界内に踏み入られては……っ」

 誰かがわたしに声を掛けるけれど、わたしにはあまり聞こえなかった。

 寝台には、ノイン先生が横たわる。

 そのすぐ上に、確かにおじい様の姿があるんだ。誰かの血縁というわけじゃなくて、見た目が「魔法使いのおじい様」。足元を覆うほど長いローブを纏い、そのローブと同じくらい長く立派なひげを持つ……。

「あなたは、誰?」

 わたしの問う声は、ちゃんと喉を鳴らした音なのか、それとも思念体の放ったものなのか、自分ですらわからなかった。

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