第8話 005
髪もひげもローブも真っ白、そして傍らに立てて持つ杖に縋るようにしているおじい様は、ぐっと眉間を寄せたまま。こちらの声に、深い緑色をしたその瞳を上げてくれたようだけれど、応える声音はなかった。……話せない? 話す、余裕もないのかもしれない。険しく歪められた表情は、まるで必死に何かに耐えるよう。
身の内を巣くう、『穢れ』に耐えてる……?
「ノイン先生の精霊……? そうなの?」
あなたはいま、先生といっしょに、戦っているの。──生きるために。
『その生きる力を、どうぞ誇ってください』
最初の朝、ノイン先生がわたしにくれた言葉を思い出した。ベッドの上のわたしを支えてくれた、優しくてつよい言葉。
あの朝、先生が教えてくれたんだ。
わたしの中には、立塚さんのくれた光がある。それが聖女様のもたらした──奇跡、なのだと。
(奇跡の光……)
わたしは知らず、自分の胸の前で指を握った。この手の中に、光の糸。これを手離さなければ、そうして走って行けば、先生を救える。
そう信じるしか、いまはない。
(もし、立塚さんが間に合わなかったら?)
考えてしまったら、身がすくむ。そうして立ち止まれば、手の中の希望が消えてしまう。
この場にいる魔法士も魔術師も、全員が全員、完全な味方じゃないかもしれないことも、わかってる。それでも王子の命に応じて集まってくれた。そしていまは、王子に権限を託されたわたしに従ってくれてる。……わたしが俯いたら、彼らは行き先を失ってしまう。
だからわたしは顔を上げて、絶対大丈夫と、意志を強く。
でも。
本当に、待っているだけでいいの?
「──おじい様。わたしが触れても、どうか拒まないで」
深緑色の瞳をじっと見つめ上げたまま、わたしは片手の指を開いて、それをゆっくりと伸ばした。精霊のローブに届かせる。…ぎゅっと、握り込んだ。良かった。おじい様からの抵抗はない。
「ありがとう……」
ほうっと息を吐くままお礼を告げると、下方から掬い上げるような風が巻く。始めにわたしの白銀の髪先が浮いて、それからケープの裾が翻った。その不思議な風はドレスの裾を掬わない代わりに、わたしの体をふうわりと持ち上げてゆく。
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