第8話 003
最初にここへ着いた日のお昼、他には誰もいないんじゃないかと思ったくらいに静まりかえったお屋敷だったのに、いまは廊下の先がひどく騒がしい。飛び交う声に、物を動かす音。部屋の扉をくぐると、その騒がしさの一つ一つがはっきりとした言葉の形を成して耳へと飛び込んでくる。
「とにかく寝室が空けばいいんだな? 小さい家具はどんどん隣へ移せ!」
庭師や御者、執事にシェフまで。それぞれのお仕着せに身を包んだ人たちが、引っ越しの作業でもここまでしないだろうというくらい、いっぺんに室内の家具を動かしている。見れば、寝台の天蓋もすでに外されていた。さすが、仕事が速い。
どんどんスペースが空いてゆく寝室内で、魔術師の一団が互いの杖を交差させている。
お屋敷の使用人たちに対し、魔法士の一人があれこれ指示を加えている姿もあった。床のラグも邪魔になるから剥がしてほしい、との言に、幾人かが集まって一斉によいしょお、と寝台の脚を持ち上げている。寝室の中央に敷かれた大きなラグには、もちろん寝台も乗っているからだ。
「クローゼット? クローゼットもか!? どうしろってんだ、戸をくぐらないだろ」
「ですが、この位置に影があっては陣を発動させられません。……扉を外すなどして、どうにか通していただければと」
「外すっつったってなあ……口で言うほど簡単じゃねえだろう。だいたい、家具も部屋も公爵さんのもんで、それを俺らが勝手に」
「窓から外に出して」
わたしの声に、言い合う二人が揃ってこちらを振り返る。
「公爵様の許可は、クラヴィス王子が取ってくれます。大きな掃き出し窓だから、戸をくぐらせるよりは手間なく済むはずよ」
言う間にも、足元にはすーっと光の筋が走っていった。
魔術師たちが魔方陣を張ろうとしている。彼らの魔術はひとを癒す力を持たないけれど、陣の内側にたっぷりの魔力を満たせば、それはその上に張る魔法士たちの魔方陣に力を与えることが出来るんだ。
これから行うのは耐久戦。魔力はいくらだって必要になる。
(止血は出来なくても、傷口を塞げば少しは進行を遅らせられる)
クラヴィス王子の例えを借りるなら、そんなふう。
ノイン先生の精神体内に『穢れ』はあるまま、その『穢れ』と精神体が触れないようにする。
それは正しく応急処置で、根本的な解決には至らない。そんなことわかってた。だけど、そうするしかないんだ。
この世界で唯一、『穢れ』を浄化して消し去ることの出来る聖女様──立塚さんが来てくれるまで、そんなふうに一分でも、一秒でも、時間を稼ぐしかない。
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