第7話 009

「すごい……」

 わたしの脳裏には自然、飛行艇の舞台で見た立塚さんの背中が蘇る。魔力の湖を、真っ白な杖で打っていた。上がる飛沫を糸にして、もう一度結界を編もうとしてたんだ。

 あれを、鏡越しに?

 遠隔操作と一口に言っても、この世界にまさかインターネット環境が整備されているはずもない。ただ「繋ぐ」だけでも、どれだけの魔力を必要とするだろう。ドルディーバの大聖堂から結界までの距離を思うと、少し目眩がした。

 そのすべてを立塚さん一人が担うわけではないとはいえ、彼女が中心に立っているのは間違いないんだ。ほんと、途方もないよ……。

「でも、だとしたら……、そんな立塚さんを、どうやって連れ出すの?」

「どうとでも」

 え、……っと。

 そのシンプルな一言、めちゃくちゃ怖いんですが!

「あ、危ないことはしないよね……?」

 どう訊いても不穏な言葉が返ってきそうな気がして、わたしはおそるおそるクラヴィス王子に真意を伺う。王子は表情ひとつ変えなかった。

「なるべく穏便な方法は探そう。だが、ユイを連れて来られなければノインは死ぬんだ。それがわかっていて、手をこまねいているような馬鹿にはなれん」

「──」

 王子の頭の中には、たくさんの情報がある。

 だけどこの人は、決してそれらに振り回されたりはしない。──いま、なにがいちばん大事かを、絶対に見失わない。

「うん」

 気付いたら、わたしは前のめり。ぎゅっと拳を握って、声にまで出して、大きく頷いてた。

 うん。

 ノイン先生を助けるんだ。必ず。

 まるで揺らめく光の糸を掴んだみたい。空っぽのはずの手のひらに、汗が滲む。これを、これだけを、手離さずに走れ。そうしたら、きっと大丈夫。

 そんなふうに信じるしか、ないんだとしても。

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