第7話 007

 え……っと。

「……王子は、なんでそう思うの?」

「?」

「あ、その、ノイン先生に嫌われているっていま、言ったから。どこにそんな根拠あるのかなって」

 わたしが訊き直すと、クラヴィス王子は「そんなことか」とでも言いたげに息を抜く。そうして返ってきたのは、やっぱりひどく穏やかな声音だった。

「前提として、俺が「これには好かれているだろう」と確信を持って言える相手は、アレックスとユイの二人だけだ」

「──」

 立塚さん、つよ。

 でもまあ、わかる。彼女の言動から裏の意図を読み取るのは、至難の業だ。だってぜんぶ本心で、あの子は本当にまっすぐだから。

(王子そういえば、リリステラにも言ってたんだ)

 ──君は、俺のことが嫌いだ。

 婚約者であるリリステラのことすら、信じていない。

 もしも、王子が無防備に心をさらせる相手がいるとしたら──それは、アレクシスと立塚さんだけ?

「そのユイも、いつまで無邪気に慕っているものかはわからんな。あれの本質は、根本的に俺と相反している」

 ふと思い直すみたいな口調で、王子が呟く。それは悲観から出た言葉には聞こえなかった。ただ、彼の中の膨大な情報──これまでに関わってきた人のことだったり、立塚さん個人の考え方や好き嫌いだったり──が、そんな可能性をぽんと弾き出したんだろう。

 この人はほんとに、とことん冷静だな……。

 わたしは若干の呆れを感じながら、ちょっとだけよけいなことを言ってみる。

「……立塚さんのことは、ずっと信じてていいと思うよ」

 彼女が聖女様である以上、王子のことは決して裏切らない。──バッドエンドルートだけは別としても。

 もちろんそれは王子に対してだけじゃなくて、攻略対象四人全員に言えることだけど。

 と。

 気付けば、クラヴィス王子の唇が弧を描いてた。それとなく押し当てた、長く綺麗な指の下に隠されながら。……笑ってる?

 え。

 笑ってるんですが!

「ユイを信じろ、か。そこで「わたしのことを信じて」とは、君は言わないんだな」

「……うん。そうだね」

 だって、まだ保留中。

 クラヴィス王子のことを好きか、嫌いか。

 わたしはわたしの心でちゃんと考えてみよう、と思ったあの星空の下から、太陽は一回昇っただけ。さすがに、結論を出すには早すぎる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る