第7話 005

「だから、立塚さんは司教様の別邸に泊まるしかなかったの?」

 命令を聞かない、ということは、単に従わないだけじゃない。向こうは向こうの要求を王子相手にも堂々と突きつけてくる、ということなんだろうと思う。

 それを強硬に撥ね除けるような策は、この人はきっと取らない。

「それもある」

 王子は短く肯定を返してきながら、微かな嘆息とともに足を組み替えた。

「ユイを大聖堂側に預けておけば、表向き、こちらもドルディーバの街を信用しているように見えるだろう。だが第一には、ユイにとって結界の修復に集中出来る環境が揃っていたことが大きい」

「あ」

 そっか。本来の目的。……忘れてしまってたわけじゃないけど、いま、うっかり取り落としてたのは事実だった。そうだ、立塚さんにはそのお仕事があるんだよね。この街の勢力図にばかり気を取られて、そっちを疎かにしてたら本末転倒だ。

 というか、王子の視野ほんっとに広いな。

「腐っても大聖堂の司教なら、聖女に危害を加えることはあり得ない。……万一の場合があったとして、アレックスを傍に置いておけばそれも防げる。あいつの剣に敵う者などこの国にはいないからな」

 至極当然の口調でそう話しながら、クラヴィス王子はふと持ち上げた片手の指を顎先に触れさせる。なんとなく、いま彼の頭の中では、ふわりと別の場所に思考が飛んだような気がした。

 膨大な情報量の中を飛ぶ、思考の鳥。

 その羽ばたきと同じように、王子はゆっくりと瞬く。

「ノインは、おそらく……こちらの情報を向こうへ渡しただけだろう」

「っ」

 ノイン先生。

 あの時──王子の剣に討たれようとしていた時。彼は、まるで自ら多くの魔術師を従えて、王子の乗る船を襲わせた首謀者のようだった。でも。

「王子のこと、庇ってた。先生」

「見えていたのか?」

「……」

 わたしは声を飲んで頷く。脳裏には、スローモーションのようにゆっくりと崩れ落ちてゆく細身の姿が浮かぶ。彼が『穢れ』に撃たれた瞬間の光景を思い返すと、胸がつかえてしまう。ともすれば、泣いてしまいそうになる。

 だって、先生、一瞬もためらわなかった。迷わなかった。

 あんな場面で──誰もそれを予測出来なかった『穢れ』を突然、目の前にした状態で。

(しかも)

 ノイン先生はドルディーバに来てからはずっと、実際に『穢れ』に飲まれてしまった人の処置にも当たってた。飲まれればどうなってしまうのかを、誰よりもきちんと知っている人だったんだ。──にも関わらず、自分を差し出してまで他人を護ろうとする。

 それが出来る人のことを、悪く思うなんて無理だよ。

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