第7話 002
「リリステラ。これからノインを公爵邸へ運ばせる。屋敷での指揮は君が取れ。公爵には俺が話を通す」
青い隊服の騎士に先導されながら白い帆船内の廊下を進んでいると、わたしの姿を見つけたクラヴィス王子が矢継ぎ早の指示をくれる。役割を終えた騎士が一礼とともに立ち去るのを見送る間すらなかった。
どこもかしこもぴかぴか輝いて見えるほど立派で大きな船の中は、主要な廊下に絨毯まで敷かれている豪奢な造り。その中にある王子の姿は、これ以外にないというほどしっくりくる。とはいえ。
ちょっと待って。
え、ほんとに待って。──あなたの頭の回転速度に誰が追いつけるとお思いですか!?
「公爵様の……って、大聖堂じゃなくて? そちらの方が人も揃ってるし、もしかしたら立塚さんも居るんじゃ」
「ユイは何としても、俺が公爵邸まで連れて来る。あいつじゃなければ『穢れ』を浄化出来ない。だからそれまで、どうにかノインを生かし続けろ」
何を意識するよりも先に、ひゅっと喉が狭くなる。わたしは知らず、王子の腕に指を掛けて詰め寄った。……まだ、脳裏に残ってる。黒い雷撃に撃たれて崩れ落ちる、ひときわ痩身の彼の姿。王子の足元へあっけなく落ちた、銀色の頭……。
「ノイン先生、どうなってるの? 大丈夫なの!?」
「『穢れ』にまともに飲まれた以上、大丈夫とは言えない。この船には魔法士も乗せているが、彼らに可能なのは応急処置だけだ。いくら血を拭い続けようと、止血能力がなければ意味はない。だからこそ、ノインが失血死する前にユイを連れ出す」
ノイン先生が実際に血を流しているわけじゃないことくらいは、わたしにもわかる。うん。『穢れ』によって心の器が蝕まれてゆく──ノイン先生の精神体が削られてゆくことを、クラヴィス王子はそう例えたんだろう。
そして、止血出来るのは……『穢れ』を浄化出来るのは、立塚さんだけ。
でも、立塚さんを「連れ出す」?
(どういうこと? ……もしかして)
「大聖堂って、味方じゃないの?」
「このドルディーバで安全だと信じられるのは、公爵邸だけだ。だから君を預けた」
「……」
そう、なの?
わたしはてっきり、念入りな嫌がらせか仲間外れかと……。今にして思えば、この王子がそんな子供っぽいことするわけないんだけど。
あれ? でも、だとしたら、立塚さんを司教様の別邸に入れたのは何故?
聖女様こそ、いちばん安全な場所に置くべきだと思うのに。
(わたしを優先したの?)
(まさか)
え、え。もう、何をどう考えればいいのか、いっぺんに見失ったんだけど。と……とにかく!
「あの。お願いがあります」
わたしは王子の腕を掴んだままの指にぐっと力を込めた。いまちゃんと言わないと、駄目な気がする。というか、この先どんっどん置いていかれるのが目に見えてる。
もちろん自力で追いつけないのは悔しい。
だけど、たくさん話さないといけないって、ちゃんと気付いたんだ。波音だけ響く星空の下。──あなたとわたしの、二人で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます