第7話 001
わたしを診察してくれたあの朝の、彼の真摯な眼差しを覚えてる。
まっすぐに、病気や不調の原因だけを見つめる瞳だった。──患者の体からそれを取り除いて、再び健康を手に出来るように。そのことだけを考えている、とても信頼に足るお医者様なんだと思った。なのに。
反逆者に、なってしまったの……?
わたしは今度こそおじいさんを振り切って扉を開け、甲板へ出る。
クラヴィス王子の圧倒的な魔力に戦意を削がれたようにも見える敵船の元へは、わたしたちの迎えだった白い帆船が到達していた。先に王子が話したとおり、その船からは騎士や魔術師が次々に現れ、敵船の人員を拘束してゆく。
まるで、あらかじめこうなることを知っていたみたい。
(そんなわけ、ないけど……)
三隻の船それぞれに、慌ただしく人が行き来する。わたしの乗る海賊船にも、幾人かの騎士や魔術師がやって来ていた。彼らは船長代理相手に報奨金やら何やらの話をしている。そのうちに、わたしも彼らに呼ばれるんだろうな。そんなふうに思いながら首を巡らすけれど、アレクシスの姿は見つけられなかった。
少しの間に海風が強まっていて、同じ甲板に立つ相手の声すら、そうとう張り上げないと聞き取りづらい。
だから、わたしがどんなに耳を澄ましても、いま向こうの船で交わされているクラヴィス王子とノイン先生の会話なんて聞こえないんだ。
わたしの背に、本当に羽があれば良かった。
そうしたら、今すぐあちらの船へ飛んでゆけるのに。
(──あ)
くだらない考えに自嘲しようとした瞬間、遠い青空に黒点が見えた、気がした。
「っ……」
わたしは迷わず手を伸ばして、ちょうど通り過ぎるところだった船長代理の細腕を掴む。細いけれどしっかりと筋肉の付いた、強い腕だ。それを力尽くで引っ張って、彼女をしゃがませた。
「う、おっ? おい姫さん、なんのイタズラ──」
代理が上げた呆れ声の、その語尾を奪って、『穢れ』の黒い渦が空を暗く淀ませる。
──寸前に気付いた魔術師が、幾人か。
彼らが張る簡易的な守護壁は、それでも充分、甲板に立っていた人たちを護る力にはなった。
改めて目にすると、『穢れ』が空を奔るさまは、まるで横倒しの黒い雷撃のよう。皮膚がびりびりするところまでそっくりだ。
「今の、なんだ? そうとうヤバくねぇか!? ──おいおまえら! 巻き込まれてねえだろうな!?」
代理はすぐさま仲間たちに声を掛ける。
海賊船は、太いマストの上部にあった物見台や船室の屋根の高い部分を持っていかれたみたい。そう代理へ伝える、海賊たちの大声……。
わたしの元にも、騎士の一人が駆け寄っていた。大丈夫でしたかと問われるけれど、わたしは答えられない。ただふらりと立ち上がり、甲板の端、手すりのところまで歩んだ。
見えてた。
見えてたの。
敵船──今はもうすっかり制圧されてしまったあの船の甲板を、のたうつ幾筋かの黒渦が襲った。魔術師の守護壁が大半を弾くものの、すべてを防ぎきれない。壁を破った一筋が、今しもクラヴィス王子に届こうとした瞬間。
その体躯を迷いのない力で押しやって、代わりに、ノイン先生が撃たれたんだ。
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