第6話 012

「君が責を負う必要はない。そもそも、あの船の目的は君じゃないからな」

「え?」

 クラヴィス王子はそう呟いた。確かに、そう聞こえた。

 見るからに戦闘員ではなさそうな年嵩の海賊さんと、不格好なくらい大きくて重そうな兜を被った少年と。彼らにわたしを託し、王子自身は甲板に残るまま。

 わたし、じゃない?

 だとすれば、誰が──。

「姉ちゃんここ! この窓から見えるよ!」

 だから甲板へ戻ろうとすんなって、と説得してくれる少年の声に、わたしはおじいさんと無言の攻防を続けていた扉からぱっと離れる。踵を返して、ほらここ、ここがいちばんいいから、と少年が指差すまま、船窓に張り付いた。

 その言葉どおり、丸く取られた窓からは攻撃してきた船が見える。

 敵船は近くまで迫ってきていた。海面を叩く砲撃音も、そういえばいつの間にか聞こえない。

 どんな大船に攻撃されたんだろうと思っていたけれど、実際にはこちらよりもぐっと小さな船だった。大砲も一基あるくらい? その分、速いんだろうけれど……。

 そして、敵船の側面にはおびただしい数の攻撃用魔方陣が展開されている。魔術師が行使する、色とりどりの陣。手練れであれば複数のそれを同時に開いておくことも可能だからか、いっそ壁を成そうかというほどの数が幾重にも重なりながら張られているんだ。

 彼らが呪文とともに杖を振ると、陣の中央からは魔弾が放出される。それは炎を纏っていたり、鋭利な刃と化した氷であったり。

 二隻の船の間には、小船に乗り込んだ血気盛んな海賊たちの姿も見えた。荒ぶる波間を割って、どんどん相手の船に近付いてゆく。

 どうやら直接あちらの船に乗り込んで、肉弾戦を仕掛けようというみたい。

 魔方陣から放たれる攻撃は、基本的にまっすぐ平行に飛ぶもの。当たり前だけど海面はぐっと低い位置だから、どうしなくても魔弾の下をくぐって行けるんだ。さすが、戦い慣れてるんだな……。

 と、感心する間もあればこそ。

 相手の船の上空に、ぼうっと新たな魔方陣が浮かび上がる。斜め下方を狙う角度。海面を撃つための──。

「!」

 少年とわたしが、おんなじタイミングで息を飲んだ。──その、次の瞬間。

 ざあ、と仄暗い炎が一帯を舐め上げる。

(え)

 撃ち手が立つのは明らかに、こちら側。

 上空の魔方陣も、敵船に壁を成すおびただしい数の魔方陣も、そのすべてを一閃のもとに薙ぎ倒して消失させてしまえるほどの威力。あかあかと揺らめく炎は、その光の強さゆえか、纏う影さえ濃い闇の色。

 赤と黒の炎。

「クラヴィス王子……」

「えっ、これあの兄ちゃんの魔術なん!?」

 かっけえ! と少年が叫ぶのとほぼ同時に、わたしたちが覗く船窓にはざらりと影が落ちてきた。それは船体の外壁をなぞって、海面へと伝ってゆく。黒の魔方陣。それが落とす影だった。

 黒色の魔方陣は、魔術師自身がそこに立ち、移動するためのもの。と、いうことは。

「──」

 引かれるようにして見上げれば、黒の魔方陣本体が見えた。何もない中空に浮いたそれを足下に、危なげなく立つ王子の姿もだ。強い風を受けて、忙しく翻るマント。てんでに煽られる赤い髪。長めの前髪がぶわりと上がり、露わになるのは──爛々と光を湛えた眼。鮮烈な緋の色。

 好戦的に口角を持ち上げたその表情は、まるでこの戦いを楽しむかのよう。

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