第6話 011
「リリステラっ──伏せろ!」
「えっ……」
な、なに!?
ふいに、強い声音が鼓膜を打った。そのこと自体にびっくりしてしまって、何を言われたかがわからない。わたしがびくりとただ体を硬直させている間に、傍らの船長代理ががつりとこちらの首根っこを押さえつける。──下に。
ほとんど転ばされるみたいな勢いで、甲板に伏せた。
瞬間、がうん、と大きな衝撃が、船を揺らす。
「いっまさら、姫さんを奪おうってか!? くそが!」
代理はすぐさま体勢を立て直すと、吠え声とともに駆け出した。彼女の指示を待つ海賊たちと、指示すら待たず反撃に出る海賊たち。……え、これ、戦闘になってるの? 砲弾の重い衝撃が、周辺の海面を割る。水しぶきが大きく上がって、ばしゃんと海水が甲板に降った。
わたし……が目的なら、次々と襲い来る大砲の弾は、たぶんこの船自体を撃つことはない。と思う。でも。
(魔術師がいる)
最初の衝撃も、魔術の弾だった。攻撃のために練り上げられた魔力。きわめて高い殺傷能力がある……。
わたしのために──わたしがここに、いるせいで。
船長代理や、彼女の仲間たちの一人でも、もしも死ぬようなことがあったら。
「よけいなことを考えるな」
「っ──」
頭上から触れてきた声に顔を上げれば、そこに立つのはクラヴィス王子だった。……いま、わたしの視点がどんなに低いのかは、王子の顔よりもその左手の指に嵌められている指輪の方へ先に焦点が結ばれてしまったことで自覚する。オニキスの指輪。彼はその左手で、自身の右手を覆うようにしていた。右手の指が握るのは、腰に差している剣の柄。いつでも、抜けるようにしている──。
王子はその緊張をふと解いて、半身を返すと、正面からわたしへ手を差し伸べる。──立て、と。
「君は船室へ。この戦闘のようすは、迎えの船からも見えている。あちらには騎士も魔術師も乗っているからな、彼らが合流すれば負けはない」
「、でも」
「でも?」
いっそ穏やかに響くほど冷静な声音に問われ、わたしは自分の声を飲む。……でも、のその後に、続く言葉なんてない。
だってこの場で、わたしに何が出来るの。
(何も)
(何も出来ない──だけど、だけど)
ただひとつだけ、どうすればいいのかを、王子が教えてくれた。
まるで自分のものじゃなくなったみたいに強張る腕をどうにか上げて、わたしはクラヴィス王子の手を掴む。彼が引き上げてくれる強い力に頼りながら、立ち上がった。
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