第6話 010




 東の空に昇った太陽が、海面を青くぴかぴかと照らす頃。

 物見台に立つ一人から、「そろそろ約束の地点だ」と船長代理に報告があった。

 それを聞いて、代理とわたし、そしてクラヴィス王子も甲板へ出る。あっちだ、と指差されれば、波間の向こう、ようやく見つけられるくらい遠くに、白い帆船の点が見えてた。

 彼らの言い示す「約束の地点」には、王子とわたしを迎えるための船が来ることになっているんだそう。

(あの船が、お迎えの船?)

 だとしたら、まだもうちょっとはゆっくり出来るかな。

 船のスピードなんてよくわかんないけど、とりあえず見るかぎり、遠くの白い船はずっと遠いまま。あれが五分や十分でこの海賊船の隣に並んでいるとは想像しがたい。

 そう。曲がりなりにも海賊旗を掲げるこの船は、もちろんいろんな形でお尋ね者。だから、のんびり港に停泊することは出来ない。ましてそんな船から一国の王子が下船するなんて、誰に目撃されても一大事だ。

 だから、やり取りはすべて海の上。

「あの、とってもお世話になりました」

「気にすんな。むしろ姫さんは金の卵だからな」

 海風の中、傍らに立つ船長代理へ頭を下げると、彼女はなんにも気にしてないようすでひらりと手を振った。相変わらず格好良いな。というか、……金の卵? って、なんのこと?

 わたしがきょとんと目を丸めたのを見て、代理はふっと吹き出す。

「まさか、オレたちの船が姫さんを見つけたの、単なる偶然だとでも思ってんのか? それとも、精霊の加護ってやつとかか?」

「え?」

「このへんの海賊は昨日、血眼になって姫さんを捜してたよ。指定された海域ってのが馬鹿みたいに広いもんだから、お互いの船がかち合うこともなかったけどな。もしかち合ってたら姫さんはのんびり舳先に座ってる暇もなかっただろうさ。間違いなく、オレらはドンパチやってあんたを取り合ってただろうからな」

 ええと……。

 それは、つまり。

「依頼があったんだよ。指定海域の海底まで浚ってでも姫さん見つけ出して保護しろ、見つけた船には破格の報奨金を出す、ってさ。こりゃいったいどんな詐欺だと思ったもんだが、依頼主を聞いて気が変わった」

「依頼主……」

 代理は唇を歪めて笑う。

「その話自体を受けたのは船長なんだが、依頼主があんまりにも血相変えてるからっつって爆笑してたぜ。普段のスカした顔からは想像出来ねえくらい、真っ青になってたってよ。……それが誰の話かくらい、わかんだろ?」

「……」

 血相を変えて、真っ青に。

 わたしはなんだか神妙な気持ちになってしまって、なるほど、なんて呟いたりしている。

 もし、昨日のうちにこの話を聞いていたら、絶対に信じられなかった自信があるんだけど。でも。

 ……勘違いをしてた、と言ってた。いくら謝罪のためでも、あんまりにもむちゃくちゃな理由だと思って、それを聞かされた時のわたしは傷付いてさえいた。なのに。……まさか本当に、わたしの──リリステラの背には羽がある、と思ったの?

 そうしてその手が届かなくなってしまってから、自分が何をしてしまったのか自覚したの。

 決して死んではいないはず、と祈るような思いで捜してくれたのかな。

 それとも。

 たとえ死んでいても引き上げなければならない、みたいな、婚約者としての責務を果たすためだけに捜したのかも。

(どっちだろうね)

 いまなら、どんな気持ちでいたかを王子は話して教えてくれるのかな。……わたしに。

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