第6話 007

「君は、なぜ──いま、それを言い出すんだ」

「え?」

 わたしが問い返すと、王子はゆっくりと瞬き、その表情から戸惑いと困惑を拭い去った。──ランプの火を受けているはずの彼の炎色の瞳は、しんと冷たく光る。

「君を南棟へ迎えることは、この先もない」

「──」

 王城の南棟は、王と王妃を除き、王の家族が住まうところ。

 リリステラは、いずれはそこへ迎えられるのではないの?

「俺との婚姻が正式に成されれば、共に南西の棟へ移ることになる。ややこぢんまりとはしているが、他の家族と共有することのない棟だ。すでに君の希望を聞き、改築工事を進めているところだろう。それが不満か?」

「それ……は」

 改装工事。

 そういえば、日記の後半の方にそんな言葉があったかも。

 どんな内装にしましょうか。短く悩んで、すぐに消えた話。『リリステラ』の中には確固たる理想があったのかもしれないし、日記じゃなくて、別のところでたくさん迷ったのかもしれない。

 わたしには、わからない。

 クラヴィス王子はわたしの返答を待つことなく、次を紡ぐ。彼の声音はいつしか、公務や会議の時のそれへと変わってた。

「ユイを南棟へ入れたのは、あれにはあくまでも俺の私的な友人であるという立場でいてもらわなければならないからに過ぎない。仮に聖女を君と同じ東棟へ入れれば、聖女の威光を政治的に使う気か、と周辺諸国が色めき立つ。それではユイの身をも危険に晒すことになるだろう。──君なら、そのあたりの意図は理解しているものだと思っていたが」

「ごめんなさい……」

 そう。きっと、『リリステラ』はわかってた。……それこそ日記に書くまでもないくらい、当たり前の常識として。

(リリステラも、れっきとした王女様なんだもん)

 好きとか嫌いとか、個人の感情だけでは、動けない。

 大人の世界。

 まして王族ともなれば、その一挙手一投足に言い訳が効かないんだ。何がどんなふうに伝わるかを考えなければ、それは必ず自分の身に返ってくる。世界史の授業でだって、国民の反感を買ったばかりに倒された王制をいくつも学んだ。

 クラヴィス王子もリリステラも、幼い頃からそんな世界に生きている人たち。

 わたしも一応、実年齢ではちゃんと大人のはずなんだけど……やっぱり頭の中身は高校生のままなんだなあって、なんだか急にものすごく実感してしまう。情けないな……。

「……でも、お見舞いには来てほしかったです」

「……」

 こっそり溜息を吐きながら瞼を伏せると、唇からは本音が零れ落ちた。そう。ほんとそう。

 わたしは変に勢いづいた気持ちで、眼差しを持ち上げ直す。なんだか肝が据わったみたい。ひたり、と王子を見据えた。

「だってほんと、王子は東棟へ入っちゃいけないなんて決まり、ないですよね? なんで来てくれなかったんですか」

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