第6話 006

 嫌い?

 そんなわけない、と反射的に思ったあまりに、わたしは彼を振り返っている。

 クラヴィス王子の片手には、ランプの灯りがあった。それに照らされて浮き上がる、硬質に整った顔立ち。

 わたしの髪を煽るのと同じ夜風が、彼の纏うマントを翻す。裏地の黒と、表地の赤。揺らめくそれは、燃え立つ炎のように見える……。いつもどおりのその姿は、舳先から甲板へと降りる小さな階段のすぐ下に立っていた。

 炎の灯りを受けるすっきりと精悍な頬に、浮かぶ表情は何もない。緋の瞳に見いだせるものと言えば、諦観とも静観とも思える凪ぎの色。

(わたし、は)

 嫌いなはずない。むしろ、けっこうでかめの感情で好き──。

 ……いや? どうなんだろう。

(だって知らない)

 なまじ元から推しキャラだから、出会った瞬間に好感度メーター振り切れてたようなものではあるんだけど。でももし、その巨大補正を外してみたら……。

 あ、もうまず前提が無理。

 どうやったって推し補正を外せないから、推しなんだもん。

(「あなたのことが好きだったんです」……?)

 うーん……。いまここでそう返せるかと言えば、到底そんなテンションにはなれない。

 むしろリアルにちょっと嫌いまである。

 なにせ一回見捨てられたし。これまでのことをよくよく思い返してみても、わたしが王子から貰っているものと言えば、否定の言葉ばかり。

 そうだよ。

「そもそも王子が、わたしのことを嫌いでしょ」

「!」

「最初の……じゃなくて、最近だと、聖女様ご召喚の夜とか」

 嫌われ者の婚約者。

 まるで敵対しているみたいに、『わたし』の言葉を何一つ信じない。わたしが臥せっていても、見舞うことすらない。

 どうして?

 ……訊きたいことなら、そういえばいくつもある。

 わたしはよいしょと居住まいを正して、王子と真正面に向き合う。……でも、特に相手に近付こうっていう気分でもなかった。だから、毛布とドレス越しに膝を立てる。それを両腕で抱き込んで、体育座り。

 クラヴィス王子は、えも言われぬ表情になってた。

 まるで痛いところを突かれたかのような──それとも、約束を反故にされて困り果てるかのような。

「わたしが婚約者なのに、聖女様の方を南棟へ迎え入れちゃうんだなあってこととか……聖女様が倒れたらアレクシスを一日中でも傍に付けるのに、わたしの時は放置だったなあとか……ノイン先生は来てくれたけど。……あ、でも、聖女様と同等の扱いをしてって要求しているわけじゃなくてね。ふつうに不思議。王子ほどの人が、なんで自分の婚約者にこんなに塩対応なんだろうって」

「シオ……対応が、なんと言った?」

 うん通じない。それはそう。

 わたしは自分だけでちょっと苦笑して、それからきちんと言い直す。

「そっけない態度ってこと。政略結婚だから、好かれてないのはしょうがないかなとも思うんだけど……でも、結婚て二人でするんだよね? なのに、もうずっと「自分おれの人生におまえは必要ない」って言ってるみたい」

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