第6話 005
ざんざざ、と、波の音。
夕食の時間、船室の方からたくさんの椅子やテーブルが持ち出され、そこに料理と酒を並べて、海賊たちはやんやと酒盛りをしてた。それももう、とっくに終わりを告げている。
今頃はきっとみんな、それぞれの夢の中。
振り返って見遣る甲板には、テーブルや椅子が残されているまま。けれど、松明の火はもうない。半分よりも丸く太った今夜の月すら、そろそろ西側の海へと沈もうとしてた。東の夜空にちらちらと星の光が見えていても、そこから時刻を読み取る術は、わたしにはない。
でもきっと、夜明けはまだずっとずっと遠くにあるんだろう。
「とっても静か……」
船長代理はわたしに船室を用意すると言ってくれたものの、わたしはすっかり自分の居場所として馴染んでしまった舳先を動くつもりはなかった。心のどこかが麻痺しているせいで、眠くも寒くもなくて、あたたかいベッドを恋しく思う気持ちもない。
風邪だけは引くなよと渡された何枚もの毛布に包まれて、ただぼんやりと夜を見つめてる。
誰もいない甲板は、波音以外、なにも聞こえない。
──だから、その声音がわたしの背に触れるよりも早く、こちらへと歩んでくる靴音には気付いてた。
「リリステラ」
「近付かないで」
振り向くことなく返したわたしの声に、靴音が止まる。
「……」
クラヴィス王子はその沈黙の間に、何を思っただろう。
「リリステラ……。君の気が済むまで、俺を許さずにいてくれていい」
次に届くのは、そんな言葉。
どこか静かに、慎重な声色で紡がれるそれは、単に大きな腫れ物の扱いに困っているだけだった。……また大泣きでもされたらたまらないから、刺激しないようにしているだけ。
それはきっと「正しい」対応。
でも、決して優しくはない。
「だが、そのために君の住処や立場を変えることは認められない」
ほら。
彼の温度のない低い声音が紡ぎ出すのは、ただの正論だ。それ以上でもそれ以下でもない、というやつ。
わたしはゆるやかな向かい風に気付いて、夜空を見つめるまま、瞳を細めた。前髪がさらりと流れて、夜気が頬をくすぐるよう。
このまま、何も考えずにいたいな。
……そんなの無理だけど。
「わたしの機嫌を取るつもりはなくても……いっしょには帰れと、そういうこと?」
「……君だって、俺に機嫌を取られたくはないだろう」
返す言葉の中にほんのり込めてみた厭味を感じ取ってか、クラヴィス王子の放つ語尾が少しきつくなる。
「なにせ君は、俺のことが嫌いだ」
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