第6話 003
「代理ぃ! お待ちかねの客が来たぜえ!」
「おう」
階段を昇って甲板に現れた男が、船長代理へとそう呼び掛ける。ひらっと片手を挙げてそれに答えた彼女は、軽い身のこなしで椅子を立った。
わたしの瞳を覗き込むようにして目を合わせると、短く言う。
「あんたのお迎えだよ。氷の姫さん」
「……え?」
お迎え?
なんのこと、と問おうと持ち上げた唇が、そのまま固まる。
階段口のところに、赤い髪が見えてた。
と思うとそれはぐっと伸び上がって、長身の体躯を現す。甲板の床を始めに踏むのは、黒いブーツ。……ことん、と品良く鳴る靴音が、どうしてか心臓に直接、響くよう。
松明の明かりが揺らめく。
迷うこともない足取りでこちらへと近付いてくるのは、黒と赤を纏う姿。翻る、暗く燃える炎のようなマントの。
「リリステラ」
こんな場面ですら、感情を見せず呼ぶ声。
そしてわたしを映す、緋の瞳。── 一度、わたしを見捨てた……。
「ッ……」
それは痛み。いいえ、怒り。哀しみ。憤り。嘆き……どれともつかない。どれでもあって、どれでもない。
わたしはわたしの魂が爆発するような心地を覚えて、手近なお皿を思い切り投げ付ける。ああ、ごはん……。ごめんなさい。頭の隅にちらりと浮かんだ罪悪感は、けれどすぐに消えた。
ごめんなさい。それどころじゃない。
かんからん、と鳴る薄い金属製のお皿が、クラヴィス王子のブーツの先へと転がる。わたしは続けて、カトラリー、水の入ったカップ、なぜかお酒がなみなみと注がれている大ぶりな木のジョッキと、手当たり次第にぜんぶ、王子へと投げ付ける。
「リリ……」
「──ッ呼ぶな!!」
びっくりするくらいの怒声が、わたしの喉を震わせた。
「あなたにその資格がっ……どうして、あると思うの!! ばかにしないで、」
ああ、もっと。
ぶつけたい思いが、あるのに。
喉がひくついて、言葉が出ない。代わりにばらばらと零れ落ちたのは、いっぱいの涙だった。わたしはそんな自分自身が悔しくて、乱暴に涙を拭う。泣くな馬鹿。泣くな!
わたしを殺したこの人に、涙なんか見せるな。
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