第6話 002




 ドルディーバの港からいろんな街へ行き来する貨物船すら通らない、外れの海。

 まして今は大陸を『穢れ』から護るための結界が破損しているし、さらには今日、聖女様の修復作業というある種の儀式まで行われていたんだから、まともな船には渡航禁止令が出されているはずだった。

 そう、まともな船なら。

「氷の姫さんよ、飯くらい食わねえか」

 どういうわけかその場所だけ凍った海面の上、ぽつんと座っている奇妙なお嬢様──そんなわたしを見つけたのは、海賊船。

 なんだありゃあ、と騒ぐ男たちに簡単に引き上げられてしまったわたしは、彼らが船室へ案内しようとするのを断って、甲板の舳先に居場所を決めた。そうしてずっと、そこに座り続けている。

「なあ、寒くねえのか?」

「……」

 ……どう、かな。寒いのかもしれない。

 よくわからない。

 海賊たちは何度かごはんを持ってきてくれたけれど、食欲も湧かないから、置かれたお皿はそのまま。

 海と空しかない世界。

 見るともなしに空の色を見つめていたら、めまぐるしく色を変えたそれは、気付けばぽかんと真っ黒な夜を創り上げてた。

 舳先へと上がる小さな階段の手前に、いつの間にか椅子が一脚置かれてる。

 いまそこに座っているのは、黒髪を短く刈り上げた女性だった。女性……なのは体つきや顔立ちでわかるけれど、話し方も仕種もひどく凜々しくて、青年みたいに見える。

「あなたが船長?」

「……オレは代理。船長は別のヤツだよ。ってか、ようやく喋ったな、氷の姫さん」

 見た目とよく似合う、ハスキーな声音。唇を曲げるように微笑むのが、なかなか堂に入っていて格好いい。

 わたしはふらりと目線を空へ流す。……この船に拾われてからずっとそうしていたように、空を見上げた。でも。

「夜になったから、見るものが無くなったの。星座は……よくわからないし」

「星の位置が読めなきゃ命取りだぜ。教えてやろうか」

「海賊には、ならないよ」

 はっ、と彼女は笑った。

「だろうよ」

「名前、なんて言うの?」

「オレが答えたら、姫さんも答えなきゃなんねえぞ。いいのか?」

「……」

 わたしが口をつぐむと、船長代理は「ほら見ろ」と言って笑う。……答えたくないわけじゃ、ないんだけどな。

(わたし、誰なんだろう)

 リリステラ・リーヴィエ・ル・エトランド。

 もちろん、それはわかってる。少なくともこの体はその名のものだ。でも、わたしは……。

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