第6話 001

 どうして?

 そう問うことに、意味なんてない。

 だって。

(わたし)

(みごろしに、されたの……?)

 真下から見上げる飛行艇は、もうあの広く神聖な舞台の白さを持たない。ただただ大きくて、真っ黒な岩の塊だった。

 ──死んでしまえと、見捨てられたの。

 ぶわりと視界がすべて歪んだと思えば、それは一粒ごとに千切れて、涙になる。わたしが瞬くたびに、光る空へと置き去りになる。まるでふわり浮き上がって、もう届かないふねの方へと昇ろうとするみたい。

 白銀の髪が忙しくなびく。

 なんにも掴めない手を高く伸ばして、わたしはただ落ちてゆく。

 ばしゃんと割れるような音が耳を打った。

 それはわたしよりもずっと先に落ちる、重たい瓦礫たちが海面を割った音。どのくらいの高さから落下すれば、水面もコンクリートのように固くなるのだっけ。そんなの思い出せない。もう、いい。

 もう、いいんだ。

(王子)

 あの時──奇跡みたいに、命を繋いだ。……けれどわたしは、本当はとっくに死んでたはずの命。

 ねえ。

 だったら、死んでいたかった。

(あなたに見捨てられるためだけに、生きたの)

 わたし。

 わたしは。

 ……なんだか、疲れたな。そう思って、視界を闇に閉ざす。やわらかく、意識が浮かぶような気がした。ほら。

 死はとても、優しい……。

 キン、と小さな、冷たい音が聞こえた。

 きっと、水が凍る瞬間の音。……どうしてそう思ったのかは、わからない。だけど目を開けば、本当に世界が凍っていた。

(え)

 キン、キキン、と音を上げながら、わたしを包む海が凍ってゆく。あれ。いつ、海に落ちたんだろう……。体を打つ衝撃は、ひとつもなかった。

 それに、辺り一帯を覆う海水は、わたしに触れない。

(これ……)

(もしかして、精霊の魔法?)

 たとえば、繭。

 わたし一人をまあるく包む、氷の繭。

 その内側を満たすのは、確かにフェイゼルキアの精霊の魔力だった。わたしの体が海面と衝突する瞬間、その魔力で衝撃を受け止めてくれたんだろう。そうして、そのままわたしが海へ沈むのに任せて、頭の先から足の爪先までくるりと包み込んでくれたんだ。

 わたしを護る精霊の魔力と海水との境界が、凍ってる……。

「……」

 手のひらで確かめれば、羽織ったままのケープの内側には、ちゃんと日記帳の感触がある。

 わたしは『この子』を知らない。

 なのに、どうしてか脳裏には淡く透ける蒼色の翅のイメージが浮かんだ。そう。それは、氷の魔力を持つ精霊……。

「日記の……扉の、番人なの……?」

 思わずそう呟くけれど、当然、答える声はない。

 繭の中はあたたかで、呼吸も出来てた。もしかしなくても、わたしはこのまま再び海面へと上がるんだろうなと思う。……だとしても、ここはドルディーバの外海。近くに都合良く船が通っているなんてこと、そうそうないはず。──だけど。

 どうしてか確信がある。

 きっとわたしは、どこかの船に救出してもらえるんだ。

(また、死なない……)

 ありがとうと、精霊にお礼を言うべきだったのかもしれない。

 でも。

 そんな気持ちはもう、わたしの中には見つからなかった。──ただの、ひとかけらも。

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