第5話 006
破損箇所はひどいありさま。
緻密に編んだ紋様が無残に引き千切られ、繋がる先のない魔力の糸はその端からもろく消えてゆくばかり。
ぽっかり開いた大きな穴からは、嘘みたいに真っ青な、綺麗な晴れ空が覗けた。
──あまりにも鮮やかな、絶望的な空白。
ここにあった紋様がどんな図だったかなんて、想像することさえ叶わない。
それでも、聖女様はもう一度糸と糸を繋ぎ直さなくちゃならないんだ。でなければ、ここに「壁」は戻らない……。
「始めます」
立塚さんの宣言とともに、司祭様、そして彼を支える助祭さんの一団が、祭壇へ向けて魔力の湖を築く。
聖女様の杖がその水を打つと、跳ね上がる飛沫はすぐにしゅるりと伸びる糸になった。幾筋もの光る糸。立塚さんは、それらを結界の破損箇所へと差し向ける。
ほろほろと溶けるように消えてしまう千切れた「糸」の先端と繋いで──マーロウ様の編んだものとはとても比べられないけれど、それでもなんらかの図案を編み始めた。
すごい集中力。
まるで時が止まってしまったかのように、なんの音も、誰の声もしない。
時折、聖女様の持つ白銀の杖が翻っては、魔力の湖をぱしんと打つ。上がる飛沫はきらきらと光る。
(なにを……編むんだろう)
不思議。
じっと見つめていれば、やがて浮き上がってくるその紋様は、わたしにも見覚えがあるもののように思えてくる。どこで見たんだろう? 大図書館の、本の中……? マーロウ様の功績を記した本に、大魔法使い様自らが書き残した草案があった気はする。それとも、ヴェンデルベルトに伝わる神話で描かれた、聖なる……。
ふいに、黒点が現れた。
あれ、と瞬く間にも、それは渦を巻くようにして大きくなる。こちらへと、向かってくる──闇色のトルネード。……風? 影? ぎゃりぎゃりと鳴る、異音にも思えた。わからない。
ただ、ひどく異質なもの。
もしかして、あの黒が。
(『穢れ』)
「──っ」
「リリステラ様……っ?」
ノイン先生の声を背に、わたしは助祭さんの一団の中を突っ切ってゆく。祭壇へ。──だめ。間に合わない。
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