第5話 003
「リリステラ。君はユイに、何をしようとしている……?」
クラヴィス王子が静かにものすごい圧を掛けてきますし!
もちろん王子のみならず、アレクシス、司祭様、それから助祭さんや騎士たち、遠目のノイン先生も、一様に「何をするつもりだ」という目を向けてきているのがわかる。
な、何をするのかは、わたしにもわかりません……。
レオはおもむろにかぱりと大きな口を開く。立派な牙。そして吐き出されるのが、こぉうときらめくオレンジ色の炎……。えっ待って。えっ?
(あ)
なるほど。
レオの炎は、もちろん酸素や何かが燃えている自然現象とは違うから、立塚さんの頭に触れても、その髪を燃え上がらせることはない。
つまり、体の器に干渉するものじゃないんだ。
でも、心の器に触れられるかと言えば、それも出来ない。
立塚さんの、心の器。精神体とか、思念体とか呼ばれるもの。それには、人なら誰しもそうであるように、「自己」の壁がある。
他者と混ざり合わないように築かれている、無意識の壁。
レオの吐く炎──彼の魔力は、その壁を舐めるように揺れるだけ。このままだと、どんなに力を注ごうとしても、立塚さんの枯渇した魔力を補うことが叶わない。
(わたしの、魔法……)
イメージするのは、扉。「自己」の壁をそうっと開く……。
それはもしかしたら、ノイン先生が体の器のために手にするメスと似ているのかもしれなかった。病巣を切除しようと開く皮膚。
……そんなふうに思うのは、傲慢かな。
ノイン先生と違って、わたしはなんの勉強もしていないわけだし。でも。
「……!」
ふ、と突かれたようにして、立塚さんが頭を上げる。
わたしは彼女の目に映るだろう自分の表情を、出来るだけ柔らかいものにした。笑顔……までは、見せる余裕はないけれど。
大丈夫。
いまあなたに触れるのは、あなたの精霊の力。いつでもあなたを思って、見守っている、絶対の味方。
拒まないでね。
信じてあげてね。
「大……丈夫、ですわ……。聖女様」
「リリステラ、さん……?」
夢から覚めたようにぱちぱちとまばたく立塚さんの傍らに、とりあえず今ある魔力をほとんど吐き出したらしいレオがころんとひっくり返っている。お疲れさま。
ライオンの姿をした精霊が吐いた、ひまわりの花みたいに明るい色の炎。
それはぜんぶ、立塚さんの心の器へと注がれた。
わたしは最後にうんと集中して、イメージの中の扉を閉める。扉そのもののビジョンもすうっと消えたら、完了だ。
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