第5話 002
「クラヴィス殿下、頭ごなしに言うのは止めてください。彼女には彼女の都合がある」
舞台上には幾人かの助祭さんや騎士の目。そして、クラヴィス王子の隣には司祭様の姿もある。だからか、アレクシスは珍しく敬語だ。
彼が身に纏う騎士団の青い隊服は、儀式用の白いドレスを着た聖女様の隣に寄り添うと、その存在そのものが彼女のための剣みたいに目に映る。
「王子、ごめんね……。ただもうずっと、ずっと胸騒ぎがしてて……ベッドで寝てるより、ここに居たいんだよ……」
傍目にもひどく憔悴しきったようすの立塚さんは、舞台の正面、女神像が築かれている祭壇の手前まで辿り着くと、その場にくずおれるように座り込んだ。
彼女の肩先に、マスコット姿のレオが心配そうに眉を下げた表情で浮いている。白い舞台に鮮やかな、黄色いたてがみのライオン。……というか今さらだけど、あの状態のレオは精霊だから、立塚さん以外にはわたしにしか見えていないんだな……。
「だが……、この場所では、君の体はつらいままだろう。結界に着けば、どうあってもユイの力に頼ることになるんだぞ」
それまでの間、少しでもベッドで体を休めておいた方がいい、と、クラヴィス王子の主張はそんなふう。とても正論だし、優しい。
立塚さんの傍ら、石の床に自らの膝も着いたアレクシスは、いざとなれば彼女を抱き上げて寝台へ連れ戻す心づもりでいるみたい。まっすぐな眼差しで、慎重に彼女の横顔や呼吸のようすを見守っている。
そして、扉のところに人影が立つのに気付いて見遣れば、白衣姿のノイン先生がそこに控えていた。……医師であるノイン先生がそうして静観しているということは、たぶん、立塚さんは彼女だけの独断でベッドを出てきたわけじゃないんだろう。
「おい、おまえ!」
ふいの声に、わたしはびっくりして肩を揺らす。
ぱっと振り向く視界が、黄色い。
「え……っ、れ、レオ?」
「気安く呼ぶな! 礼儀がなってないな、フェイゼルキアの人間のくせに!」
ぎょろりとでっかい眼が二つ、とんでもない近さまで詰め寄っているのだと、どうにか視界の中に輪郭が結ばれる。えっ……と、怖いです……。平面の時はレオのぎょろ眼は愛嬌のかたまりみたいに愛らしかったんだけどな! 立体感えぐい!
「れ、れおさん……」
「おまえ、オレ様を手伝え。ユイを助ける」
「え?」
「おまえの魔法が必要なんだよ! いいから来い!」
わたしの、魔法?
レオはくるりと背を返して、迷いなくまっすぐに立塚さんの元へ戻ってゆく。来い、と言うからには、わたしはその背を追うべき、らしい。
ふさふさのたてがみ、それから先の方にボリュームのある尾っぽが移動につれてゆるりとなびくさまは、平面にはなかった可愛さかもしれない。
少し駆けながらレオの後を追い掛け、わたしは立塚さんの前に膝を着いた。そうしろと指示してきたライオン姿の精霊は、さらに続けて、わたしに命令する。
「ユイの頭上に手をかざせ。そうして、オレ様の吐く息を、ユイの中へ送り込むんだ」
「──」
ど、どういうこと?
言われたとおりに手はかざすものの、レオの言葉は半分くらい意味がわからない。
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