第5話 001

 ドルディーバの高台にある大聖堂。

 いくつもの尖塔が天を目指すその建物には、後方に、中空へと突き出すような大きな舞台がある。白い石造りの舞台。ゆるりと弧を描いた形。

 それはそのまま、まるごと、飛行艇なんだった。

(四体の、白い象……?)

 音もなく浮上する舞台には、四隅それぞれに真っ白な象の石像がある。

 台座のように太い柱の、その上。

 最初に気付いた一体目の位置からぐうるり、舞台の縁をなぞるように歩きながら四体すべてを巡り終えて、わたしはもう一度最初の象をつくづくと見上げてた。

 これ、なんの意味があるんだろう?

(象の神話とかあるのかな)

 ちょうどすぐ傍に助祭さんの姿があるんだけど、軽率に質問してまた失敗するのは避けたいところ。

 わたしは心の中のメモ帳に、王城へ戻ったら精霊のみんなに聞きたいことリストとして白い象のことを書き加えておく。今日のドレスに合わせて羽織った青いケープの内側には、縫い付けた革のベルトでリリステラの日記帳をしっかり留めてあるんだけど、いまこれを開いてもメモ代わりには使えないんだよね。なにせペンを忘れたので……。

 内側からほのかに発光しているようにすら見える、精巧な石造りの象。下ろした瞼のしわや、長い睫毛まで完璧に造り出されているのを飽きずに見つめていると、人の良さそうな助祭さんが「お好きなんですか?」って声を掛けてきた。

 この象を、ってこと? かな。

 わたしは控えめに口角を持ち上げて、頷く。

「ええ……」

「趣があって良いですよね。この舞台が造られた時代は、もっとデコラティブな建築様式をもてはやしていましたから、こんなものは質素すぎると強く批判もされたようですが……シンプルな造形の中に気品を感じられて、私もこの様式の柱には心惹かれます」

「とても綺麗なぞ……柱?」

 台座みたいな、この?

 いや、それもそれで綺麗だとは思うけど……あえての柱? 大きな象が、その上に居るのに……。

(え)

 もしかして、精霊なの?

 わたしは遅れて気が付いて、笑顔の助祭さんを脇目に再び白い象を見上げる。──瞼が、開いてた。そこから覗く、晴れ空を封印した宝石のような青い瞳……。あっ、ほんとに精霊だ!?

 ということは、この舞台を──飛行艇を動かしているのは。

「ユイ! 何をしている、ちゃんと部屋で休んでいろと言ったはずだ!」

 クラヴィス王子の強い声が立つ。

 思わずそちらを振り返ると、言葉のとおり、舞台の奥側に位置する扉から立塚さんが歩み出て来るところだった。

 このふねに存在するまともな壁は、彼女が背にした扉の向こう側にしかない。そこには寝台を備えた部屋がいくつかと、大図書館の操作盤とおなじ働きをする操縦盤などが置かれた機関室があるそう。

 言わば飛行艇の甲板にあたる広い舞台には、四本の太い柱、それからその間を繋ぐ腰くらいの高さの壁。そして正面に当たる位置に、真っ白な石造りの祭壇。それだけ。いっそ簡素と言えるくらいだけど、不思議なことに、ここに立っていても外気の冷たさや髪が煽られるような強風を感じたりはしなかった。もちろん、注意深く頭上の空を見つめると、そこに魔力の壁があるってわかる。

 たぶん、白い象の精霊たちがドーム状の覆いみたいなものを築いてくれているんだ。

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