第4話 012




 ミラの答えは、とてもシンプル。

『精霊と話せるということは、イコール魔法が使えるということですから、お仕事はたくさんありますよ!』

 と言っても、彼女はなんの疑いも持たない瞳をして、「リリステラ様もそんなふうに街での暮らしを空想することがお有りなんですね!」と素直な笑顔を見せてくれたのだけど。

(そう、そっか……)

 わたしはまだ、魔法を使ったことなんてない。

 でも、大図書館の「みんな」に訊けば、きっとそのやり方を教えてくれるはず。もしかしたら、練習だってさせてくれるかも。

 そうやって魔法を覚えたら、わたし、王城を出ても生きていけるんじゃない?

(四人の中で、誰が犯人なのかを突き止めて)

(無事に暗殺を免れたら──晴れて普通の人に、なるんだ)

 その時は、表向き「王女リリステラは死んだ」ということにしてもらったっていい。そうしたら、たぶんフェイゼルキア王国からの追っ手だってわたしを見つけられないだろう。

 わたしはわたしの名前で、平穏な日々をのんびりと生きてく。

 それが、リリステラ・リーヴィエとして転生してしまったわたしの、この世界を生きる方法なんだ。

(街でのお仕事はありそう、と)

(だとすれば、あとは)

 クラヴィス王子との婚約を、解消すること。

 ──でもきっと、これはそんなに難しくない。何か特別な画策をしなくても、きちんと条件を揃えた上でわたしから言い出せば、たぶん王子は二つ返事で頷いてくれる。

 だって、リリステラとクラヴィス王子との婚約は、そもそもが政略結婚。

 それはもちろん、国同士の利害関係があってこそのもの。

 リリステラが王女の地位を追われた以上、ヴェンデルベルト王国にはもうなんの利益も見込めない婚姻となったはずなんだ。にも関わらず即座に婚約解消をしないのは、ひとえにリリステラを処刑から守るため。

 と、いうことは。

「ヴェンデルベルト王国の……後ろ盾、がなくなったとしても、リリステラがちゃんと生きていければいい、と。うん、まとまってきた!」

 わたしは日記帳の紙面を前に、一人で頷く。

 ペンは借り物(荷物に入れ忘れたので)。

 インク乗りも良くてするする滑るペン先で書き付ける文字は、日本語。ちゃんと「そうしよう」と思えばこの世界の文字を書くことも出来るんだけど、この日記の内容は万が一にも誰かに読まれるわけにはいかないから、あえての日本語。

 日記のページを前へとめくれば、リリステラ本人の筆が絶えたページから一枚だけあけて、続きにはわたしの文字が並んでいた。

 もちろん、他人の日記帳を書き足してしまうことに、若干の抵抗がないわけじゃない。

 でも、わたしの知るかぎり、この日記帳の中がいちばん安全だ。

 ここに書いておけば、どこにも洩れることはない。

 決して誰にも悟られてはいけない、わたしの秘密の生存計画。──『リリステラ』を辞めて、わたしとして生きてゆくための。

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