第4話 011

 精霊たちは、機械とは違う。

 三回目にふうっと息を吐いた精霊は、それがまたすぐ消されてしまうのを知ると、「もう!」と拗ねたように頬を膨らませた。そうして、ひらりと飛び去ってしまう。鮮やかな朱色の翅がきらりと弧を描いて、空へと高く。

「ア・キラ! ア・キラ! ……あれえ?」

「ほーら、ぜんぜんだめじゃないか」

 うんともすんとも反応しなくなってしまったランタンを前に、女性は快活に笑い飛ばす。

「あんたに仕事はまだ早いよ。家でお母ちゃんの手伝いでもしてやりな」

 もっかい! もっかいだけ見てて! と男の子はごねるものの、この場にはもう精霊は居ない。どんなに叫んでも、呪文はただの無意味な音の羅列にしかならないんだ。

 男の子はやがて諦めが付いたようで、路地を奥へと駆け去ってゆく。

 火のないランタンは女性の手に持ち上げられ、彼女の姿とともにどこかのお店の裏口へと消えていった。

「リリステラ様? どうかなさいましたか?」

 呼ばれて振り向けば、ミラがこちらを窺っている。

「ミラ……。『ア・キラ』という言葉には、どのような意味がありますの?」

「はい。光、火、希望や未来……たくさんの意味があると思います。漠然と明るいものとか、夜明け、とかもそうですね。……あの、失礼ですが、リリステラ様」

「え?」

 あ。

 わたし、またやってしまったかも。

(これきっと、この世界の常識なんだ)

 基本的に、大陸内で話される言語はどの国でもおなじ。地方によって多少の方言──イントネーションや単語の違いはあるものの、ヴェンデルベルト王国とフェイゼルキア王国でまったく別の言葉を話している、みたいなことはなかった。

 その知識はあるのに(図書館で読んだから!)、どうしても実感が持てない。

 ……そもそも、わたしの耳にはみんな日本語を話してるように聞こえるんだけど。そこを追及したら、かなりややこしいことになりそうだよね……。

「み、ミラ、ええとね、わたくし……」

「フェイゼルキア王国の方々は、無詠唱で魔法を使われるって本当ですか!?」

「少し記憶が──え?」

「『ア・キラ』を呪文として使っているようすが、リリステラ様にはお珍しく感じられたのですよね? わたし、いつか物語で読んだんです。すごくわくわくする冒険譚で──そこに出て来るフェイゼルキア王国の魔法使いは精霊たちと直接会話しているし、『呪文など、友人に命を下すような無粋な代物は一切使わぬ』ってクールに言うんですよ! わたしの友達なんかは「そんなの物語の中だけのことでしょ」って笑うんですけど、わたしはそう思えなくて、ずっと信じてて、だから──あ、申し訳ありません、お茶が冷めてしまいますね」

 唐突に早口でまくしたてたと思えば、急に我に返って、ミラはわたしにベンチを勧めてくる。その両手に持つ銀のカップを一つ、こちらへ渡してくれた。湯気の中に溶ける、甘いミルクとシナモンの香り。やっぱり、チャイっぽい。

 恐縮するミラを隣に座らせ、わたしたちはいっしょにお茶を飲む。

 職務に真面目なミラの責任感によって、彼女の熱い語りは途切れたわけだけれど。だからと言って、ミラの好奇心までもがすっかり消え失せたというわけではないみたい。そわそわと落ち着きない彼女は、ちらちら、わたしの横顔に期待のこもった目線を向けてくる。うーん、くすぐったい。

 もちろん、わたしはこれまでのミラの献身的な仕事ぶりへのお礼になればと、大図書館に居るわたしの『友達』の精霊たちのことを話してあげたりしたんだけど。

「ミラ、あのね……」

 それから、そっと訊いてみる。

「もし、もしも、わたくしが街で暮らすとしたら──わたくしのように精霊と話すことの出来る人間は、皆様のお役に立てるのかしら。例えばそういったお仕事は、どこかに、あるのかしら……?」

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