第4話 010

 あ、でも。

 美味しいにおいがしてる! しかも、あちこちから……!

「困りましたわ。お食事をいただいてきたばかりのはずですのに、お腹が空いてきてしまいます……」

「わかります! 目の前で作っているのを見てると、つい食べたくなっちゃいますよね!」

 ゆったりと下る道に任せて歩いてきたから、いまはもうだいぶ海に近い。潮の香りはずっと強くなっているし、風の中に潮気が混じっていて、髪が少し重たくなってきてた。

「リリステラ様、喉が渇きませんか? おすすめのお茶があるんです!」

 ドルディーバの街はぎゅっとコンパクトにまとまった地形ではあるけど、それでもけっこうな距離を歩いたはず。

 うん、そろそろ休憩がしたいかも。

 よく気の付くミラに促されるまま、わたしは木陰にあったベンチで足を休める。その間に、ミラは「スパイスとミルクとお砂糖がたっぷり入ったお茶」というものを買いに行ってくれていた。……多分、チャイかなあ。

「──ア・キラ!」

 何を思うでもなく通りを行き交う人々を眺めていたわたしの耳に、そんな声が飛び込んでくる。

(アキラ?)

 それは、ひどく懐かしい響き。

 声の主を探してあちこちを見回せば、ベンチの斜め背後に細い路地があるのに気づけた。声がするのは、その奥から──そっと覗き込むと、お店の裏手の広場みたいな、小さな中庭が見えた。

 そこでは、十歳くらいの男の子がぴょんぴょんと元気に跳ねている。

「ア・キラ! ほら、付いたじゃん!」

「へえ、偉いもんだね。そんな年でもう魔法が使えるんだ」

 男の子の傍らには見るからに切符の良さそうな女性が居て、二人はいっしょに小ぶりなランタンを眺めていた。

「もっかいいくよ! ア・キラ!」

 赤々と燃える炎を女性が専用の器具を使って消してやると、得意げな男の子はまた呪文を唱えた。

 その元気な声に応えるようにして、ランタンの屋根に頬杖を突いて寝そべった精霊が、ふうっと息を吹く。そうすると、ランタンの芯にはほわりと火が灯った。

「ね! オレちゃんと働けるだろ? 店で雇ってよ」

「じゃあ、あと五回だね。まぐれじゃ働かせられないよ。全部、ちゃあんと成功させてみな」

「うん!」

 男の子は自信ありげに頷く。けれど。

(五回……は厳しいんじゃないかな……)

 わたしはなんとなくそんな気がして、こっそり心配しながら男の子の紡ぐ呪文を聞く。ア・キラ。一回目は大丈夫。でも二回目には、ランタンの上の精霊が「おや」と眉を上げたのがわかった。

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