第4話 009
お屋敷からいちばん近い位置にあるのは、職人街と呼ばれる地区。それぞれの軒先に、取り扱う商品を示す看板が揺れている。身なりの良いお客さんがすっと扉を開いてお店の中へ消えてゆく。よく磨かれたガラス扉の向こうから、立派なお仕着せに身を包んだ店員がこちらをそっと値踏みするように見遣ってきたり。
(わ。可愛い!)
ビロードを敷き詰めたショウウインドウに並ぶ、精巧な造りの懐中時計。流行りのデザイン……なのかな。ぱっと目を引く華やかなディスプレイに、知らず心が躍る。
そうして足を止めて覗き込むと、何体かの精霊たちが居るのにも気付いた。飾り物の小さな椅子に腰掛けて、細い足先をぷらぷら揺らしていたり。文字盤の針が動くのをつくづくと眺めていたり。なんとなくだけど、この子たちは言葉を持たない精霊たちな気がする。
もしかしたらお店の奥、それこそ職人さんの傍には、そのお仕事を手伝う高位の精霊が居るのかも。……とはいえ、そういう精霊はきっと守護霊状態だから、わたしには見えないんだろうけど……。
職人街を抜けると、通りはぐっと雑多なものになった。
小さなお店や食堂がひしめいていて、人の声もずっと増える。精霊の姿もだ。細い路地の頭上に揺れる洗濯物。それを遊び場にしている子たち。あちこちで露天商が色とりどりの商品を並べていると思えば、その中に紛れて何体もの精霊の翅がちかちかと陽の光を跳ね返してる。ちょっとした休憩場所になってるみたい。
それらを興味深く眺めながら歩くうち、さらに人波は増えてゆき、最後には市場に辿り着いた。
ぶわ、っと。
海風をも巻き込んで、人々の喧噪が飛びかかってくる。
大げさに言ってしまえば、急に見えない壁にぶつかったかのよう。わたしはちょっと圧倒されて、頼りなくたたらを踏んだ。一、二歩だけ先を行くミラが腕を引いていてくれなかったら、そのまま立ち止まってしまっていたかもしれない。
(人混みなんて、久しぶりすぎるよ……!)
ここ最近ずうっと、とても静かな王城の、さらに静かな大図書館で、かしましく賑やかではあっても人間よりはよっぽどささやかな存在である精霊たちとだけ接していたから、がつんとぶつかられたような力強い活気に、思わず気圧されてしまう。
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