第4話 008
「あの……お料理、お口に合わなかったでしょうか?」
とっても豪華なダイニングテーブルで一人、昼食の席に着くわたしの前には、白身魚の香草焼きや温かなスープ、香ばしいにおいのパンが載せられたお皿たち。たった一人でもそもそ咀嚼する寂しさにはとっくに慣れっこだったけど……、むしろ、慣れ切っていたからこそ。
どこか不安そうに眉を下げたミラから、わたしはそう問われてしまったんだった。
「あっ、いいえ──いいえ!」
慌てて頭を振るけれど、侍女の表情は曇ったまま。うああ、失敗した……。だって東棟では、わたしの顔色を窺う人なんていなかったんだもん!
というかそもそも、食べながら考え事したのが良くない。すみません。
ぼんやり機械的にナイフとフォークを操りながらわたしが頭の中で考えていたのは、今後のこと。
現状、立塚さんが臥せっている間、わたしに出来ることはなんにもない。でもきっと、彼女は明日には回復する。きっとと言うか、まあ絶対する。
そうして聖女様は、遅れて到着した王子と騎士、それからもともと同行者の医師も伴って、儀式用の特別な飛行艇に乗り、海を渡って結界の間近まで行くんだ。……結界って、どんなものなんだろう。なんかこう、いかにもそれっぽい背景があったことは覚えてるけど……もちろん、そんなゲーム画面じゃなくて。
リリステラのこの目で見る時に、それはどんなふうに見えるんだろう?
(マーロウ様の築いた、魔力の壁……)
もしかしたら、精霊が居るかもしれない。その子とは話せる? 話せない?
もし話せたら。
もし、話せないような状態だったら……。
それ以前に、わたしはどうにかして明日までにクラヴィス王子から「君も来い」という一言を引き出さなくちゃいけない。
そもそもの話。これまでの放置っぷりを見るに、王子はおそらく出来るかぎりリリステラとは顔を合わせたくない、と思っているはず。今回だって、アレクシスが言い出したことだから旅の同行を許可したものの、「望みどおりに連れて来た」以上の行動をさせるつもりがないのは明らかだ。
(でなきゃ、一人だけこんなふうに遠ざけたりしないよね)
このお屋敷で大人しくしていれば、向こうから「君の力が必要だ」って言ってきてくれるの? そんなはずない。だとしたら──。
……そういうことを考えていたせいで、わたしはとんでもない仏頂面で料理に向き合ってしまってた、らしい。ほんと申し訳ない。ごめんなさい。
「ごめんなさい、お料理はとても美味しくいただいておりますのよ。お魚も、今までにいただいてきたどのお魚よりもわたくしの舌に合いますし……ただ、その、どんなに素晴らしいお食事でも、たった一人でいただくのは、少し……寂しくて」
「!」
「わがままを申し上げている自覚は、ありますの。ですから、どうかミラは気になさらないで」
「リリステラ様……」
ああ、もうものすっごく同情されてしまってる……。
ミラのまっすぐな素直さを前に、ちょっとだけ心が痛むけれど。
でも、いつの間にかすっかり慣れた、というだけで、寂しいっていう気持ち自体は別に嘘でもなかった。
「リリステラ様! もしご気分が向くようでしたら、街へ出てみませんか? 良ければわたし、ご案内します……!」
ぜんぶのお皿を美味しく空にして、食後の紅茶をのんびり傾けているわたしに、ミラはそんな申し出までしてくれる。……あああこの子、ほんとに良い子だ……!
「まあ、ありがとう……。それはとても、とっても素敵な午後になりますわね」
もちろんわたしは二つ返事で頷いて、ドルディーバの街へと連れ出してもらったんだ。
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