第4話 005
残された騎士二人、ラウールとジャンは、揃ってどさりとソファの背に身を預ける。
「まったく、これだから王族というものはな! いっそ街の宿屋に泊まってみてはどうだ、そこでなら貴族どもも王子の元へ馳せることはなかろうよ」
「気持ちはわかりますが……。街の宿屋では、王子は咳のひとつも自由に出来なくなりますよ。壁一枚向こうには常に間者がいるものとして、私たちとの会話にも慎重にならざるを得ない。貴族の方々は確かに厄介ですが、見聞きした情報の出し所はきちんとわきまえておいでですから」
「ふん。見たもの聞いたものすべて吹聴するような阿呆では財など成せるはずもなし、ってか」
「申し訳ありません。わたくしは先に休ませていただきますわね」
すっかり愚痴モードの二人に声を掛けると、彼らは騎士らしく居住まいを正し、紳士的な挨拶を返してくれる。……とはいえ、ゆっくりお茶を楽しまれては、と引き留めたり、部屋まで送ろうか、と申し出てくれたりはしない。まあ、こっちもその方が気楽でいいんだけど。
わたしはサロンの戸口にある銀の鈴を鳴らして人を呼び、現れた侍女に寝室までの案内を頼んだ。
燭台の灯りを手にした彼女の背について、長い廊下を進む。その途中、吹き抜けの回廊に差し掛かると、階下からはクラヴィス王子の話し声が響いてきた。姿こそ見られないものの、吹き抜けの空間自体が屋敷のエントランスと通じているみたい。
「それほどご自慢のワインであれば、是非口にしてみたいものです」
「王子はいける口ですかな? こちらのワインは味わいも格別ですが、その分、アルコール度数もかなりきつめですぞ」
「生半可な御仁では一杯で目を回して倒れてしまうほどと言われておりましてな! 王子のお強さはいかばかりか、計ってみてはいかがかと」
そつなくにこやかな、社交的な会話。上機嫌の太い笑い声が何度も上がる。
それが耳に掠めるだけでも、彼の確かな努力を感じ取れる気がして、勝手に胸が震えた。わたしにはどちらがどちらの声かはわからないものの、子爵も男爵もこの短い間ですっかりクラヴィス王子に気を許したようすで、まるで孫や甥に接するかのような大らかな言葉を発してる。
(すごい人、だよね……)
クラヴィス王子はこの王国でいちばん恵まれた立場にありながら、決してあぐらをかくことなく、みんなに期待される「王子」の姿であり続けているんだ。
なんだか、胸の中にすごく不思議な気持ちが湧いてくる。
(いまの方が、好き……かもしれない)
わたし相手に、拗ねて甘えてみせてくれるわけでもない。それどころか、この姿になって見つめているものと言えば、冷たい横顔ばかり。なのに、鼓動が逸る。
一人潜り込むベッドの中、わたしはとくんとくんと波打つ心臓に押し当てるみたいに日記帳を抱き締めて、静かな夜の暗闇にそっと意識を解いてゆく。
もちろん……穏やかな夢の中でさえ、彼は微笑んではくれなかったのだけど。
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