第4話 002
「リリステラ。ラウールとジャンだ。彼らもこの馬車に同乗する。いいな?」
「ええ、もちろん構いませんわ」
旅行鞄を御者へ預けた後、馬車の中へはわたしが一番乗り。
少し遅れてタラップに足を掛けた王子は、自分の後に続く二人の騎士のことをそんなふうに紹介した。
予定どおり馬車が走り出すと、彼らはさっそく大きな地図を広げた。現状の確認や、今後の対策。話し合う内容は当然ながらとても真面目なもの。もちろん緊張感はあるけれど、そこまでぴりぴりした空気にはならなくて、むしろどこか和やかな雰囲気。
クラヴィス王子が、ひどく細やかに気遣っているからだ、ってすぐにわかった。
(この場の誰より偉い人なのに)
(誰よりもいちばん、心を砕いてる)
二人の意見が対立し、議論がヒートアップしそうになると、すうっと涼しい風を入れるみたいな別視点を提案する。
逆に、難しい問題を前にして二人が黙り込んでしまえば、場の空気が重たくなりすぎる前に、それぞれの得意なことを活かして解決出来ないかと検討し始めてみたり。
「……ああ、はい。なるほど……そうですね、王子のおっしゃる通りです。私の部隊は人数こそ少数ですが、現地に土地勘のある者が多い。地元の自警団あたりに声を掛けさせましょう。意外とすんなり人を集めることが出来るかもしれません。そうすれば、あとは人海戦術でどうにかなりそうですね……」
「おお。ある程度の人数が集まれば、ぜひこちらの部隊に貸してくれ。俺のとこは、以前にも訓練されてない民を統率してみせたことがある。きっと役に立つぞ」
「ではラウールは現地で人員を集め、それらをリストにしていったん私に提出しろ。そのリストを元に、ジャンの部隊へ配属する者を決める。彼らに割り振る仕事については、またその時に通達しよう」
「はい」
「おう」
「のんびり暮らす王都の民とは違い、気性も腕っぷしも荒い港町の男どもを任せることになる。どうか上手くやってくれよ」
揃って頷く二人に向けて、クラヴィス王子はふっと気安い笑みを見せる。
それはなんだか、雲間に差す光のよう。
(うわ、わ)
どうしよう、とわけもなく心臓が逸る。
……長めに目元を覆う前髪の縁から覗いた、やわらかく細められる優しい眼差し。それが、彼の隣に座るわたしには見えてしまった。
まるで思いかけず降ってきたきらきらの星くずを、うっかり受け取ってしまったみたい。胸の中に鳴る鼓動の音といっしょに、星くずたちがちかちかときらめいて、音もないのに騒がしい。
(クラヴィス王子って、こんな笑い方をするんだ……)
特別製のスチルじゃなくて、日常のふとした笑み。
そんなの初めて見るよ。
どうしよう、顔、赤くなってないかな。
(うう、不意打ち……)
とりあえず自分の気を逸らそうと、わたしは窓の外を見遣ってみる。何人かの騎士たちが、それぞれの馬で馬車と併走してるのが見えた。ほとんど何の装飾もないシンプルな馬車だけど、でも傍目にはやんごとない身分の方が乗っているってバレバレなんだろうな……。
ちなみにアレクシスは早馬に乗り、まだ太陽も高い昼のうちに王城を出立している。彼は、わたしたちよりも二日は早く向こうに着く予定。
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