第4話 001
出立は日暮れ前までに行う。──なるべく早めに荷物を用意し、南棟の玄関口へ来ること。
クラヴィス王子から告げられたのは、とても簡潔な連絡事項のみ。
わたしを一瞥することさえない彼の横顔は、渋々……と言った人間らしい感情までも捨て去った、完全なる無表情。……以前、真夜中の聖堂でもおなじ表情を見たっけ、とわたしは思い出してた。
もしかして『リリステラ』と相対する時、クラヴィス王子はもうずっと、いつでも、こんな表情なのかもしれない。
(それって、つらいな……)
リリステラの恋心を思うと、溜息すら吐けない。
そんな心の痛みを押し込めるようにして、わたしは一人、革の旅行鞄を抱えた。
「リリステラ様、こちらへどうぞ。王子はすでに、玄関にてお待ちです……」
初めて踏み入った南棟は、東棟よりもぐっと明るくて開放的な建物。棟同士を繋ぐ扉のところで出迎えてくれたメイドは、やや戸惑いがちの表情を浮かべながらも、わたしを玄関まで案内してくれた。
大きな扉を開け放した、広いエントランス。
言われていたとおり、そこにはクラヴィス王子の姿がある。いつものマントに代わって、闇に燃える炎のような暗い色の外套を纏った姿。戸枠の形に切り取られた夕景の中にあるそれは、まるで一枚の絵画のよう。
彼の周囲に集う人影は、数人の騎士たちや御者だ。
遅刻……ではないはずだけど、どうやらわたしがいちばん最後。
「リリステラ様がお着きです」
メイドの声に振り向いたクラヴィス王子は、わたしのようすを見てはっきりと意外そうな顔になる。
「まさか、一人か?」
はい、そうです。
こういう時、普通は侍女の一人や二人を伴うもの。……そのくらいの「常識」はわたしにも理解出来てる。
でも、ほんとに必要? って考えたら、まあ要らないよね。
(「一人で行くね」って言ったら、あからさまにほっとした顔されちゃったし)
急がなきゃとクローゼットを開くわたしに手を貸してくれつつも、侍女やメイドたちはお互いの顔を見合わせてばかり。ねえ、誰が付いて行くの? って、そんな相談を無言のうちにしてるみたいだった。
例えば華やかなパーティー会場へ向かう旅だとしたら、彼女たちの手伝いが必要にもなる。
でも、これから行くのはそんな呑気な場所じゃない。……わたしのことを嫌っている人たちを、わざわざ危険な場所まで伴わせるなんて。それこそひどい嫌がらせそのもの。
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