第3話 006
「……リリステラ。なぜ、君がここにいる」
ひどく険しい顔つきのクラヴィス王子は、わたしを見据えてまずそう言った。
おんなじことを、初めて会った聖堂でも言われたなあ、なんて。そんなふうにのんびりと回想している余裕は、どうやらない。
(ど、どうしてなの)
わたしの腕の中の日記帳は、いまもまだ、やっぱりじたじたと暴れようとする。……こんなこと、これまでに一度もなかった。本当に、どうしちゃったっていうの?
相手からは気付かれないよう、日記帳を抱く腕にきつく力を込めた。そうしながら、わたしはひとまずそつのない返答を口にする。
「礼を失してしまったことをお詫び申し上げますわ、殿下。わたくしはすこし、居眠りをしてしまっていたのです」
「居眠り? 君はいま、空中から現れたようだったが?」
「ええ」
リリステラのまっすぐな白銀の髪。胸元を過ぎる長さのそれが、きっと王子や騎士の目をごまかしてくれているはず。大丈夫。
わたしはまず自分自身を落ち着かせようと、ことさらにっこりと微笑んでみせた。
「今日のわたくしは、この大図書館の本棚の上におりましたの。あら、もしかして、それもお詫びしなければならないのかしら……」
「大魔法使いマーロウの伝承のようなことを言う。フェイゼルキアの民はみな、同じように奇妙なのか?」
「まあ、マーロウ様! 殿下もご存知ですのね!」
「……」
薄く嘆息したクラヴィス王子は、いったん眼差しを伏せ、それを持ち上げる動きですい、とフロアの片隅を見遣った。
そこにあるのは、ガラスケースに覆われて展示されている、布張りの豪奢な椅子だ。ケースの外側には柵があり、おまけに椅子は高々とした飾り台に載せられている。その扱いから、とびきり大事な物なんだろうと察せられた。
「マーロウは、あの椅子に乗り、この大図書館を自在に飛び回っていたらしい」
「あら」
その言い方だと、ちょっと可笑しな光景を想像してしまいますわ、殿下。
とはいえわたしはこれ幸いと、王子と騎士の目前から離れる。マイペースなお嬢様の足取りで、飾られた椅子の方へと歩いた。……この図書館にはいろんな物が飾られているからさして気にしていなかったんだけど、まさかこの椅子がマーロウ由来の物だったなんて。そうしてつくづくと眺めてみれば、椅子の脚には鎖まで掛けられている。
これを盗もうって人でもいたのかな。
(ものすごく価値のありそうな椅子だもんね)
ヴェンデルベルト王国に招かれた時点でマーロウはけっこうなお年だったから、まさかわたしと同じようにはしごに掴まって移動してたとは思ってなかったんだけど──そうなんだ。こんなに良い椅子があったんだなあ。
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