第3話 005
わたしは両手できつく抱き込んだ日記帳を、ついまじまじと見下ろしてしまう。……気のせいかとも思ったけど、やっぱり震えてる。
それは例えば、手のひらに閉じ込められた羽虫がじりじりと羽をもがかせるような。
そう思ううちに、日記帳はどん、とわたしの胸を突きに来た。えっ……。その衝撃でゆるんだ両手のひらから逃れ、革の本は勢いよく飛び出してゆく。え、え。こらー!!?
しかも、飛ぶのかと思ったのに、落ちていくし! そりゃそうか、本だもん!
「リリ!?」
フレちゃんが驚いて声を上げる。
わたしはドレスの膝先からあっけなく零れ落ちていった日記帳へと手を伸ばして──そのまま、わたしの特等席たる本棚から落っこちた。
だって、あの日記帳には、間違いなく一体の精霊が居るんだ。『リリステラ』が合い言葉を託した、扉の鍵の番人。可愛い声の。
こんな高さから床に叩き付けることなんて、出来るわけない。
(届いて……!)
せいいっぱいに伸ばした指が、どうにか日記帳を掴む。わたしはそれをもう一度、胸に抱え直した。ああもう、本気でぞっとしちゃったよ……。
それから。
……さてどうしようかな、なんて困ってみる。
走馬灯──を見るつもりなんてなかったけど、床までの時間はとてもゆっくり。
ドーム型の天井の下には、王子と騎士の声がしてた。大図書館の薄闇にそっと潜めるような会話。きっと、誰に聞かれるとも思っていない……。
「クラヴィス……本当に、そうするしかないのか」
「俺に二言はない。アレックス、おまえはそれをよく知っているはずだろ」
「だが……どんな大義名分を掲げたところで、やることは暗殺だ」
人殺しなんだ、とアレクシス。
(え)
聞き間違い?
気付けばふうわり、と天地がやわらかく入れ替わる。わたしはまるで風を操る魔法使いみたいに、危なげなく一回転。そうしてドレスの裾をひらめかせながら、靴先をそっと最下階の床に置いている。……あ、良かった。
(ありがとう、マダム)
大きな本棚を動かす「お仕事」よりは、わたしは軽かった……はず。もう、しょうがないわね、って苦笑してくれてるだろうマダムの姿を探したかったけれど、その気持ちはぐっと堪えた。
もちろん次に会った時には、ちゃんとお礼をするからね。
でも、いまは。
──わたしの目の前には、クラヴィス王子がおられるのです。
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