第3話 004

 リリ、とマダムの優しい声に呼び掛けられて、わたしははっと顔を上げる。

 思わず「えっ?」と上げそうになった声を、慌てて手のひらの下に押し込めた。……最下階に立つ王子たちの声が聞こえてくるってことは、当然、こっちの声も下へ届く。

 そう思ったの、だけど。

「大丈夫よ。リリの声はいま、ちゃあんと隠してあるの。誰にも聞こえないわ。今までだって、わたくしたちのお茶会が誰かに聞き咎められたことなんてないでしょう?」

「(え、そうなの?)」

 声を出さないまま聞き返すわたしに、マダム以下、精霊みんながこっくりと頷く。

「ほ、ほんとに……? 便利だね……、ありがとう……」

「ふふ、お礼を言ってくれるのね。けれど、物音には注意が必要よ。ひとの声は『見えないもの』だから精霊の得意分野なのだけれど、『見える物』が動いた音は、隠すことが出来ないの」

 マダムに言われて気付けば、お茶会のテーブルはちょっと奇妙なことになってた。フレちゃん始め小さな精霊のみんなはお菓子の皿やティーカップ、ソーサーに載せた角砂糖やカトラリーの一つ一つにまでしっかとしがみついている。その表情は決意に満ち満ちていて、絶対にこれを動かすもんか! という心構えでいてくれるみたい。

 可愛い。

 そして、なんて健気なの。

 わたしはじいんと感動して、それからあっと思い出した。いまこの場でいちばん落っこちそうな物と言ったら、わたしの膝上に置いたままの日記帳だ。

 みんなが頑張ってくれてるのに、わたしがこれを落とすわけにはいかない。

「……まったく。『穢れ』よりもよっぽどじじいどもの石頭がこの国の危機そのものだ」

「クラヴィス……気持ちはわかるが、言い過ぎだ。ここは南棟じゃないんだぞ」

 嘆息混じりの王子のぼやきに、アレクシスが短くたしなめる。彼の言う「南棟」は王と王妃以外の王族が暮らす棟のこと。平たく言ったら、クラヴィス王子の家だ。立塚さんの部屋もその南棟にある。

 ちなみに『リリステラ』が住まう東棟は、「政治的なお客様」を迎える棟。

 その部屋の配置だけを見ても、『リリステラ』が嫌われ者の婚約者たる理由がよくわかるってものです。

 それはともかく。

 どうやら、王子たちの話し合いも終わったところのようだった。最下階から聞こえてくる声は、今はもうクラヴィス王子とアレクシス、二人のものだけになってる。

 と、いうか……あの、すごく変なことを言うのだけど。

『リリステラ』の日記帳、びりびり震えている気が、する……?

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