第3話 002

「リリや、今日のお茶はどうするね」

「おじいちゃん! 昨日のハーブティー、とっても美味しかった!」

「そうかいそうかい。じゃあ、今日もそれにするかね?」

「うん」

「あら残念。お菓子は昨日とおんなじではないのよ。今日は押し花のクッキーなの。お茶が昨日とおんなじなら、お菓子も昨日のように花の蜜の琥珀糖が良かったかしら……」

「ううん、マダム。そんなこと気にしないで。マダムのお菓子はどれもとっても美味しいから大好き!」

 お茶にお菓子。それから、言葉を発することはないけれど好意的な精霊たちが花や緑を持ち寄ってきてくれたり、いつの間にかわたしのすぐ傍で丸くなって眠っている猫? のようなカタマリがいたりと、大図書館の天井付近はにわかにティーパーティーのよう。

 特におじいちゃんとマダムはそれぞれ自分の庭園へと続く『魔法の扉』を持っている高位の精霊だから、そこと行き来することで飲み物も食べ物もなんでも用意出来てしまう。

「さあリリ、今日も楽しい時間を過ごしてね!」

 フレちゃんの明るい声に、おじいちゃんもマダムも、それからわたしの目に映る精霊たちもみんな。それぞれの笑顔で、こくりと頷く。

『ねえねえ、あなたのお名前はなあに?』

 みんなと初めて会った日のわたしは、おっかなびっくり勇気を出して図書館の本棚を動かしてみようとしてるところだった。いつかジークリードに導かれたように操作盤の前に立って、自分の手のひらでガラスケースに触れて──そこで、前触れなく話しかけてきたのがフレちゃんだったんだ。

『リリステラ? リリステラって言うのね! 素敵なお名前! あのね、あなたの探しもののお手伝いをしてもいい? わたしたち、あなたとお話できる日をずうっと待っていたんだよ!』

 ぽんぽんとよく話すフレちゃんによれば、図書館の操作盤は、精霊と直接コミュニケーションを取ることができない人たちのために用意されたもの。

 フェイゼルキアの民なら、そんなもの必要ない。

『だってリリ、わたしとお話できるでしょう?』

 それはそう。

 ものすごくシンプルな事実に頷くしかなかったわたしは、フレちゃんに促されるままはしごに乗り──そう、最初ははしごに乗ってた──、天井近くまで運ばれて来て、おじいちゃんやマダム、そのほかたくさんの精霊たちと出会ったんだ。

 遠い昔、マーロウという大魔法使い様がここを創られ──そして天寿を全うされて立ち去ってしまってからずっと、みんなは「お客様」を待ち続けてた。

 それは単に本棚を動かすことの出来る司書ではなく。

 ジークリードほどの実力ある魔術師でも、ヴェンデルベルトの歴史に名を残すだろう偉大な魔法使いでもだめ。

 ──彼らでは、精霊たちの声を聞くことが出来ないから。

(わたし、本当は『リリステラ』じゃないけど)

 だから正確には、みんなの待ち望んだ「フェイゼルキアの民」とは言えない。そう正直に打ち明けた時も、精霊たちは揃って「でも、お話が出来るでしょう?」と首を傾げてた。

 どうやら精霊にとって大事なのは、その一点だけみたい。

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