第3話 001
今日も今日とて、わたしは大図書館の大きな本棚の上。
深い水底を思うほどたっぷりと満たされた魔力の中、ゆったり移動する棚に座っていれば、ドレスの裾がひらりひらとゆるやかな弧を描く。靴先が揺れるのは、じっと目を凝らしても床なんて見つけられないほどの高さ。
最初こそひやりとしたものだけど、もうすっかり慣れてしまった。
なにより、この図書館に居る「みんな」はわたしの味方だ。
「リリ、リリ。今日はどんな本を探すの?」
「そうだねえ」
ドーム型の高い天井を見上げ、わたしは「うーん」と唸る。それからすぐ、昨夜ベッドで考えていたことを思い出した。
「フェイゼルキアの古い歴史書かな。先週も読んだやつ」
「一度読んだ本を、また読むの?」
「うん。また読むの」
無邪気な精霊の問い掛けに、わたしはこくりと頷いて返した。
なにせ、人間は忘れっぽい生きものですから。……精霊たちみたいに、一回見聞きしたものを永遠に覚えていることなんて出来ない。
わたしのすぐ目の前まで飛んできた人形サイズの精霊は、艶やかな瞳を興味深げに瞬かせる。
「リリは、同じものを何度も何度もなぞることが好きなのね?」
「そうかも。でも、それだけじゃなくて……ほら、フェイゼルキアの大魔法使い様のことを教わったでしょう? この大図書館を創られた方」
「マーロウのこと?」
「そう、マーロウ様。その人が、ヴェンデルベルトに渡る前、フェイゼルキアでどんなことをしたのかなって少し気になったんだよね」
「マーロウのお仕事ね! それなら、うーんと。うん! あのあたりの棚だと思う!」
いちばんおしゃべりでフレンドリーな精霊、通称フレちゃんは嬉しそうに頷くと、音もなくすいっと上へ飛んでゆく。
この図書館に窓はないけど、代わりに光を放つ丸い物体がいくつも浮いてた。それこそ最下階の閲覧席から見上げたら、夜空の星々に見えるくらい。
でも、こうしておなじ高さから見ると、星々ってよりは木洩れ陽に近い。光と影がやわらかくまだらになってる。あ、でも、うーん……太陽の光、ってほど強い光じゃないから、木洩れ月光? 語呂が悪いな……。
そんな灯りの中を自由に飛ぶフレちゃんの背には、ぴかぴかときらめくエメラルド色の翅。
たとえば初夏の風を目に映すことが出来たとしたら、きっとこんな光景になるんだろうな、なんて想像しているうちに、わたしの座る棚も移動を始めた。ゆるやかな風を生みながら、翠の翅を持つ小さな精霊の背を追う。
「リリ、ここだよ!」
「ありがとう」
フレちゃんが得意げに指し示す棚の前まで行くと、わたしの乗る棚もすうっと停止する。……本棚に座っている、って考えるとけっこう背徳的ではあるけれど、これは精霊たちがわたしのために用意してくれた「乗り物」なので、空っぽの棚です。
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