第2話 005

「勉強熱心な貴女のために、開架の動かし方を教授しましょうか」

「え?」

 つい押し黙り、俯いてしまっていたわたしは、ふいに席を立つジークリードの横顔をぽかんと見上げてしまう。

 彼は微笑み、わたしの手を取った。同じように椅子から立ち上がらせると、こちらが操作盤なのですよと説明しながら大きな模型の前まで導く。

 それはガラスケースにすっぽりと覆われた、図書館の模型。

 ジークリードはこちらの手と手を重ねると、そのまま冷えたガラスにぺたりと密着させる。

(え)

 刹那、透明なケースの表面には、わたしの手のひらを起点に幾筋もの光が細かく走ったんだった。

(えええ……!)

 これ、絶対やばい。

 でも見守っているしか出来ない。

 為す術もなく息を殺している間に、確かに触れていたはずの冷たいガラスケースはふわっと溶けて消えてしまった。

「じ、ジークリード様……」

「そう怯えることなどありません。貴女の『紋』に権限を付与させていただいただけです」

「そ」

 それがおそれおおくてこわいんですが!

「では一度、実際に開架を動かしてみましょうか。……そうですね、この棚にしましょう。こうして触れてやり、そっと押せばよいのです」

 うええええ。

 ジークリードはわたしの手を取ったまま、図書館のてっぺん、ドーム型の天井近くにある棚のひとつに指先を触れさせる。そうして、すうっと柔らかな力を掛けて、その棚をいちばん底まで押した。

 高い高い吹き抜けのいちばん底──つまりいまわたしたちが立つ閲覧席のフロア。

 ややあって、まるきりなんの重力も感じさせない動きで、大きな本棚が宙空からすーっと降りて来た。それは音も立てず、ひどく静かに床と接する。

 なんだか、見えない雲に乗って運ばれて来たみたい。

「ほら。簡単でしょう?」

 簡単、と言う……レベルでは……。

 わたしは狐につままれたような気持ちで、傍らの長身を見上げる。

「これは……ジークリード様の魔力ですの……?」

「いいえ。私の魔力は、これほど大きな物をこんなに繊細にコントロールすることは出来ません」

 ジークリードでも無理だと言うことは、当然、『リリステラ』にも不可能。

 じゃあ、どうしてあんなに大きな……しかもぎっしり本の詰められた重たそうな棚が、ああも自在に動かせたんだろう?

「実はこの図書館そのものが、膨大な魔力の貯蔵庫でもあるのです。私たちはそれを操る術をほんの少し心得ているだけに過ぎません」

「まあ……」

 と息を呑む以外、出来るリアクションなどあろうか。

 でも、どこかでちょっと納得する気持ちもある。

 この図書館に踏み込む時、わたしはいつも少しだけ、深い水底を潜るようだと感じてた。

 いろいろな調べ物があったのも本当だけど、それでもすっかり入り浸るくらいこの場所に馴染めていたのは、きっとその魔力が心地よかったからなんだ。

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