第2話 004
「魔法仕掛けの鍵について、でしたね」
静謐な空気をそっと震わせるような声音で、ジークリードが本題へ戻った。
わたしは「はい」と頷いて返しながら、日記帳の表紙にそっと手のひらを触れさせている。どうしてか、そうしていると落ち着くんだ。
「そうですね……私の乏しい知識では、リリステラ姫のご疑問すべてにお答えすることは難しいかもしれませんが……」
「そんな」
とんでもない謙遜言うよこの人。
「まず一つ。「扉の鍵」から声がする、とおっしゃいましたね。それはおそらく、フェイゼルキア王国特有の魔法の鍵と思われます。彼の国以外では、まず使われない鍵です」
「特有、ですのね……?」
そうは言われても、わたしにはぴんと来ない。だからつい、耳に引っかかった言葉をそのまま問い返してしまう。
わたしの表情を見つめながら、ジークリードは紅茶のカップを持ち上げた。彼のゆったりとした所作に、その何気ない仕種はとても似合っている。
「魔法王国に生まれ育ったリリステラ姫ですから、ご自覚するのは難しいかもしれませんね」
この「扉の鍵」には精霊の番人を付けているのですよ、とジークリードは続ける。
精霊?
(って、立塚さんの傍にいる、レオみたいな……?)
「精霊との交流があるのは、この世界がいかに広く、長い歴史を有すとも、唯一フェイゼルキアの国の民のみです。彼の国以外では、どれほど高名な魔法使いでも魔術師でも精霊を使役することは出来ません。もちろん、私もです」
「まあ。そう、なんですのね……」
驚いたリアクションを返しながらも、わたしの胸中にはひやりとした焦りが込み上げた。たぶんこれって、この世界の常識レベルの話。さすがに『リリステラ』がそれをまったく知らないっておかしくない? まして、自分の国に関わる話なのだし……。
とはいえ、口にしてしまった言葉は戻らない。……いまはもう、このまま何も知らない王女様でいるしかなかった。
どうかジークリードが不審に思っていませんようにと願いながら、わたしは気持ちを落ち着かせるために紅茶を口に含む。こんな瞬間でも、この王城で出されるお茶はとても良い香り。
「精霊は一度与えられた役目は必ず全うします。彼らの時間は人間のそれとは異なりますから、それこそ何百年でも自分の役目を守り続けるでしょう。ですがその一途さゆえに、道半ばでのルール変更を最も嫌うのですよ」
「嫌う、と言いますと……具体的には、どんなことが起こるのでしょう?」
わたしの問いに、ジークリードは「そうですね」と少し言葉を選ぶようすを見せた。
「あまりに何度も『合い言葉』を間違ってしまうと、へそを曲げて二度と扉を開いてくれなくなる、というのが一般的のようです」
(ぱ、パスワード認証なのね……!)
適当な『合い言葉』を答えたりしなくて良かった、と、わたしはこっそり胸を撫で下ろす。だってパスワード認証って、厳しいものだと三回でアウトだったりするよね?
精霊がへそを曲げてしまうまでに何回かかるかはわからないにしろ、一回でも無駄にしない方がいいのは確かなんだ。
「でしたらわたくしは、なおさら慎重に記憶を探らねばなりませんわね……」
でも、そんなことって出来る? わたしは『リリステラ』じゃない。彼女の記憶なんて持っていないのに。
(頼みの綱はやっぱり、この日記なんだ)
いま読み進められたのは、全体のちょうど半分くらい。これからの後半に、パスワードのヒントでも書かれていればいいけど……。
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