第1話 007





 乙女ゲーム『白き聖女おとめの祈り』は、わたしが交通事故に遭ったあの夏の時点ですでに、五年前に発売されたタイトルだった。

 で、『いま』はどうやら、そこからさらに五年の時を経ている。……と、いうことは。

「『おといの』十周年……?」

 思わず呟いてしまったものの、耳で聞くその年月の重みたるや。

 十年……。

 うわー、十年かあ。

「あっ、てことは記念イベントあったのかな。あったよね。あのレーベルいつもやるしね? しかも記念の新規絵とか!? やだー、見たかった~!!」

 ふかふかベッドの上で、わたしはばたばたと足を暴れさせた。

 まあ、新規絵どころか、ここではクラヴィス王子はなんと生きてる。毎日新規絵が生産されてる。……王子じゃないけど、今日会ったアレクシスも確かに新規絵だったし。

 二次元の推しだったはずなのに、いつの間にか三次元の推しだよ。

 人生ってミラクル。

「って言っても、会えなきゃ意味ないけど……」

 虚しくこぼしてから、わたしはよいしょと身を起こす。

 違うんだ。

『おといの』の十周年に思いを馳せたかったわけじゃないんだ。

 お昼の、立塚さんとのピクニック。気付けば二、三時間いっしょに過ごしてしまったわたしたちは、本当に取り留めのない話をたくさんした。

 わたしはなんにも知らない振りをして、「日本」の話をいっぱい聞き出してみた。

 そこで得た情報。

 どうやら二〇二一年の晩秋、『白き聖女おとめの祈り』は満を持して新ハードに移植されたらしい、ということ。

『このゲーム古いけどすごく評判が良いって言って、乙女ゲーム好きな友達がずーっとやりたがってたんです。でも十年も前のタイトルだから、対応ハードも古くて』

 ……いや、うん。そうね。五年後の世界だもんね。アニメですら七年前とかになるんだもんね? そりゃ古いよね……。

 年月ってこわい。

『リリステラさんからしたら、ゲームとかハードとか、意味不明ですよね? ごめんなさい。でも、わたしもそんなに詳しくはなくて……。ただ、その友達が「ようやく攻略できる~!」って言ってたキャラクターの名前が、アレクシスなんです。そのキャラも青い見た目で、騎士さんで。なんだか似てるなあって、思ってて』

『まあ。なんて興味深い一致なのかしら。とっても楽しそうですのに、聖女様はお友達とごいっしょに嗜まれたりはなさいませんの?』

『あ、わたしは全然です。ゲームはスマホでちょこっとやるくらい。……って、スマホわかんないですよね。ええと』

(移植……)

 庭園から部屋まで帰って来て、それ以降ずっともやもやしてたわたしの記憶。移植。どこかで、その言葉を見たことがあった。

 どこだったかまでは思い出せない。設定資料集の隅っこ? わからない。でも、どこかで……。そう。そうだ!

「全員攻略後に発生する、真相ルート……!」

 あやふやだったそれをはっきりと声に出した途端、脳内にくっきりとひとつの像が浮かび上がってきた。やっぱり、設定資料集! その中の、設定ノートの接写。鉛筆っぽい手書き文字。

「リリステラを殺したのは誰か、ということに迫る」「全員犯人の可能性あり」「真相ルートの場合、やや恋愛色は薄まるか。そこが難ではあるかもしれない」。

 その写真に、キャプションが付いてた。細い活字。「残念ながら実装されなかった真相ルート。これを捨てるには惜しいとの思いがDにはあるそう。ハード移植があれば、あるいは?」。

「移植後の、世界……」

 そこでは、リリステラは生きてる。

 そして、「事故死」とも「暗殺」とも語られたリリステラの死の真相が、明かされるんだ。……わたしの記憶違いじゃなければ、王子と騎士のルートでは「事故死」、医師と魔術師のルートでは「暗殺」と語られていた、はず。

 ということは、「事故死」説は否定されるってこと? たとえば、事故に見せかけた暗殺だったとか? それを計画した犯人が、いる。

「全員……犯人の可能性あり……って。え?」

 ちょっと待って。

 わたしの脳裏には、こっちに転生してから出会った四人の姿が次々と思い浮かぶ。婚約者の王子。その懐刀の騎士。怜悧な眼差しを持つ医師に、リリィ姫と呼んだ魔術師。……みんな、前世のわたしがそれぞれいっしょに生きる未来を選択したヒーローだ。なのに。

「うそ……」

 リリステラを殺すのは、四人の中の、誰か。

 それは闇に葬られてた真相ルート。──そう。決して誰にも知られぬまま、けれど確実に。一人の女の子をその手で殺めていた人が、いる……。

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