第23話 世間離れっぷり
というわけで、恭平が朋子さんの男に持っている偏見を取り除くため、急遽行われることになった価値観改善計画。
だが……。
「男女の友達って、普段一体どうやって過ごすんだろう?」
「えぇ……」
恭平の一言に、朋子さんが呆れたような声を上げる。
啖呵を切ったのは良いものの、恭平も家へ気軽に遊びに来るような女友達がいたことは無いのだ。
経験がない以上、分からないのは仕方のない事。
ならばここで頼れるのは――
「OKグーグル。男女友達の遊び方を調べて」
ピコンと電子音が鳴り、検索結果がスマホに表示される。
しかしながら、男女で遊ぶ無難な場所ランキングばかりが出て来て、肝心の家での過ごし方が出てこない。
なので、検索方法を少し変えてみることにする。
「OKグーグル。女友達と家で遊ぶ時の楽しみ方を教えて」
再び、ピコンという電子音とともに、検索結果が表示される。
画面を指でスクロールさせていき、何か良いページがないかと探していると、とある文章が目に入る。
『必見! 異性の女友達を家に誘ったときの過ごし方』
「これだ!」
恭平は勢いよく画面をタップして、そのページを開く。
その様子を見ていた朋子さんも、スマホの画面を覗き込んでくる。
ページを開けば、そこには友達との家での過ごし方が簡潔に載っていた。
【異性の友達と室内で出来る遊び一覧】
・テレビゲーム
・映画鑑賞
・動画を見る
・読書
・音楽
「なんだか、ぱっとしないものばかりね。こんなので本当に親睦が深まるのかしら?」
朋子さんが訝しむように目を細めている。
「物はやりようです! 早速ですけど試してみましょう」
ひとまず、片っ端から試してみることにした。
まず最初に、恭平が取り出したのはゲーム機のスイッチ。
「朋子さんはテレビゲームってやったことありますか?」
「ほとんどないかな。でも、前から興味はあったのよ」
「おっ、いいですね。それじゃあ早速やりましょう!」
恭平が選んだのは、誰でも知っているようなテーブルゲームが収録されている『遊び大戦52』。
これなら、朋子さんが子供の頃に遊んだようなゲームもあるだろうし、ルールを知っていてやりやすいと考えたのだ。
「まずコントローラーを渡しておきますね」
「ありがとう」
スイッチのコントローラーを手渡すと、朋子さんは感心した様子で手に持ったコントローラーを眺める。
「今のゲームのコントローラーってこんなにコンパクトなの⁉ 凄いわね」
「ですよねー。一昔前までなら、片手じゃ収まりきらなかったですし」
ゲーム機の技術革新に感動している間に、恭平はゲーム機を机の上に置いた。
「ごめんなさい。本当ならテレビがあればよかったんですけど、ないのでこのモニターを見て操作してください」
「分かったわ」
恭平がコントローラーを操作して、ゲーム一覧をスライドしていく。
「あら、私でも知ってるゲームがばかりじゃない」
「それならよかったです。何かやりたいものはありますか?」
「そうね……久しぶりにブラックジャックでもやろうかしら」
「いいですよ」
ブラックジャックのところをポチと選択すると、ゲームの操作方法とルール説明が始まった。
ブラックジャックは、カードの合計を21に近づけるゲーム。
CPUのディーラへ掛け金を掛け、勝負して勝ったら掛けた倍のコインを貰える仕組みになっている。
手元のカードが22以上になったらバースト。
ヒットでカードを一枚引き、スタンドでカードを引かずに今の数字で勝負。
このゲームでは、掛け金を二倍にして一枚だけカードを引き、一発逆転のチャンスを狙うダブルダウンという技もある。
2から10の数字カードはそのまま加算され、ジャック、クイーン、キングはすべて10換算、エースは1にも11にもすることが出来るというルールだ。
全てのルール説明を聞き終え、朋子さんが感心したような声を上げる。
「へぇー、ディーラーと勝負して掛け事勝負するなんて、結構本格的なのね」
「そうですね、カジノでやるタイプに似ているかもしれません」
「恭平君はカジノに行ったことがあるの?」
「ないですよ。朋子さんはありますか?」
「実は私もないの。でも賭け事なら得意よ!」
自信満々に握り拳を作る朋子さん。
理由を尋ねたら、危険な行為が出てきそうなので、これ以上は聞かないでスルーしておく。
早速、ブラックジャックがスタートする。
今回は5ラウンド勝負。
それぞれ、最初に掛け金を選択。
恭平は10コイン。朋子さんは思い切って25コインを掛けた。
「いきなり勝負に出ますね」
「そりゃだって、勝って一獲千金を狙いたいじゃない」
「朋子さん知ってますか。世の中そんなうまく行きませんよ?」
「あら、運なんだから分からないじゃない」
二人がバチバチと火花を散らす中、カードが一枚ずつ手元に配られ、それぞれのプレイヤーの手札があらわになる。
恭平の手札は4、朋子さんの手札は8。
それぞれまだ一枚は引くことが出来る状況だ。
まずは恭平のターン。
「ひとまず、無難にヒットするか」
恭平は迷わずヒットを選択。
配られたカードの目はハートの9。
二枚合計で13。
「もう一度!」
恭平が再びヒットを選択。
出てきたカードは、スペードの3。
三枚で合計16。
「うわぁ……どうしよっかな……」
悩んだ挙句、恭平はディーラーと他のプレイヤーがバーストする事を祈り、スタンドを選択する。
「あらあら、随分と消極的ね。それじゃあ勝てないわよ?」
「いや、分からないですよ?」
恭平はにやりと笑って牽制しておく。
続いて、朋子さんのターン。
「とりあえずここはヒットね」
朋子さんがヒットを選択。
出た目はダイヤのキング。
二枚合計で19。
「やったわ!」
既に恭平の目を超えているため、ここでスタンドすれば、恭平のこのターンでの負けは確定する。
「ここでダブルダウンよ!」
「えぇ⁉」
しかし、朋子さんは何を血迷ったのか、ダブルダウンを選択する。
掛け金が倍の50コインとなり、もう一枚カードが配られる。
出た目は、クローバーのクイーン。
合計値が29となったため、朋子さんはあえなくバースト。
「なっ、何やってんすか⁉ せっかくのチャンスを」
「甘いわよ恭平君。こういうのは、全ターンでブラックジャックを狙って行かないと意味が無いの」
「いやいやいや、だからってダブルダウンは流石にないですって!」
「言ったでしょ。すべてのターンで一獲千金だって」
「それ、ゲームだから遊びで言ってるだけですよね? 現実でしてないですよね?」
「えっ、男の人って普通、こういう賭け事は思い切ってするものよね?」
「はいストーップ!!!!」
恭平はすかさず待ったをかけて、一旦ゲームを停止させる。
「何よ、せっかく楽しんでいたのに……」
「何よ……じゃないです! いいですか? パチスロや宝くじでも、財産の全額は普通掛けません」
「えっ⁉ そうなの⁉ お財布の中にある全額を最初に掛けて、ボロ儲けするか負けるかの一発勝負じゃないの?」
「最初は慎重に、コツコツ勝って貯めていくものです。そんな博打に毎回出ていたら、いくらお金があっても足りませんよ」
「そ、そうなの……知らなかったわ。前の彼はいつも最初に全額つぎ込んでいたから」
「はい、これで一つ間違っている知識を学習出来ましたね」
「え、えぇ……そうね」
完全に納得したという様子はないものの、ひとまず違う考え方もある事は理解してくれたようだ。
それから、二人がゲームに戻ると、ディーラーは18でスタンドしたため、結局どちらも勝つことはできなかった。
ほらね、世の中そんなに甘くない。
◇
その後、一時間ほど様々なテーブルゲームを楽しんだところで、ゲームを終了した。
「ふぅ……あっという間でしたね」
「そうね、意外と面白かったわ」
「どうですか? こうやって二人で一緒に娯楽で楽しむ過ごし方。悪くないと思いません?」
「えぇ、とても新鮮で楽しかったわ。また一緒にやりましょう」
どうやら、お気に召したらしい。
これで少しでも、普通の異性との遊び方というものを、朋子さんが覚えてくれればなと思う。
「次は何しましょうか? エッチする?」
「しません。そうですね……」
朋子さんの言葉を綺麗にスルーして、恭平は女友達との家での過ごし方が書いてあるページを再びスマホで開く。
音楽や動画など、様々なジャンルはあるものの、どれも年齢によってジェネレーションギャップがありそうな話題ばかりだったので、恭平はネットに頼るのを諦め、朋子さんとの親睦を深めるという意味で、プライベートな話をしてみることにした。
「朋子さんは、普段家では何して過ごしてるんですか?」
「えっ⁉ そ、そうね……」
突然の質問を受け、朋子さんは人差し指を顎に当てて、視線を天井に向ける。
「朝起きて朝食を食べたら、まずは部屋の掃除に洗濯物を干したりして、それから家賃の計算とか雑務をしている感じかしら。後は、アパート周りの巡回と買い物……それが終わったら、夜はひたすら動画鑑賞かしらね」
「結構大家さんって一日忙しいんですね。他の人だったら毎日そんなの中々出来ないですよ。ちなみに、動画はどんなものを見ているんですか?」
「そ、それは……」
朋子さんはそこで口籠ってしまい、頬を真っ赤に染めてしまう。
恭平は機転を効かせて、話を自分の話題へ移すことにした。
「朋子さんだから打ち明けるんですけど、実は俺も恥ずかしながら、最近流行りのVtuberに嵌ってるんです。推しの女の子の配信を観ていたら、つい夜更かししてしまうんですよ。朋子さんも動画を見て夜更かししちゃう時ってありません?」
「あるある! 気づいたら、深夜の二時とかになってたりする」
「なんなら、次の日に朝から予定が入ってるのに、寝なきゃいけないのに何やってるんだろうって自己嫌悪に陥ったりして」
「分かるわー。それで、結局目覚ましを掛けても起きれずに、約束の予定にも遅刻しちゃうのよね」
「あるあるですね」
「実は私もね、最近プライムビデオとかで恋愛映画をよく見るのだけど、なんだか境遇が似ているヒロインがいるとつい自分と重ねちゃって切なくなってきちゃうのよ」
「あー確かに、自分と似ている登場人物とかいると、感情移入しちゃいますよね」
「そうなの! それで、見終わった後に人肌が恋しくなって、ついついマッチングアプリを開いてしまうのよね」
「あぁ……なるほど……って、えぇ⁉ マッチングアプリ⁉」
そこで、恭平は驚きに満ちた声を上げてしまう。
「だって、カッコいい男の子に抱かれたいなって思うじゃない?」
「いや、それはまあ分かりますけど、マッチングアプリって、すぐに会えるようなものじゃないですよね?」
「そうなのよ! だから、イケメンの男の子とマッチングしてデートの約束を取り付けてから、いつも動画でエッチな動画を見て予行演習を――」
「ちょっと待った!」
そこですかさず恭平は制止の声を上げてストップをかける。
「待ってください。動画ってそっち系の動画ですか⁉」
「そうよ……。だから恥ずかしかったのよ。恭平君も男の子なんだから、よく見るでしょ?」
「まあ、男なんでそりゃ見ますけど、マッチングアプリで会った男性と初対面でいきなりホテルまではいかないと思うんですが……」
「そうなのよ。メールでは『あなたとの時間が僕にとって幸せな時間です。結婚しましょう』とか愛の言葉を言ってくれるくせに、いざデート当日になると急にドタキャンされることばかりなの。どうしてなのかしら?」
またも、恭平は眉を引きつらせ、苦い顔を浮かべてしまう。
「えっと……残念ながら朋子さん。それは詐欺に引っ掛かってます」
「えっ⁉ そうなの⁉」
驚いた声を上げる朋子さん。
「えっと、差し支えなければ、そのマッチングアプリ、見せていただけますか?」
朋子さんのスマホを借りて、マッチングアプリ名をネットで調べると、すぐにサクラしかいない悪徳サイトであることが分かった。
「そ、そんなぁ……それじゃあ私が今まで貢いできた月額のお金は騙し取られていたってこと⁉ 私の恋心を返してよぉぉぉ!!!」
ガックシと項垂れる朋子さんをよそに、恭平は朋子さんの世間離れっぷりを改めて実感させられるのであった。
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