第22話 歪んだ価値観

「さぁ、恭平君。早速始めるわよ」

「は、はぁ……」


 食材を冷蔵庫に入れ終えた後、ダイニングに敷いた布団の上で、【第一回朋子さん自己アピールタイム】が開催された。


「まず、初めに一つ確認しておきたいのだけれど、恭平君の好みな女性のタイプってあったりするかしら」


 朋子さんに尋ねられ、恭平は顎に手を当てて考える。


「そうですね、これと言って特にないですけど、強いて言えばですかね」

「なるほど、包容力ね! それなら私にもたくさんあるわ」


 朋子さんが自信満々に胸元を叩くと、ポヨンっとシャツ越しの豊かな胸が揺れる。


「まずはそうね……少なくとも、私はこのアパートの大家で地主よ。つまり、財力はここに住んでいる誰よりもあるわ」

「は、はぁ……」


 果たして、財力と包容力にどういった繋がりがあるのかは分からいものの、ひとまず朋子さんの話の続きを聞くことにする。


「例えば、恭平君が大学を卒業した後、就職活動に失敗してニートになってしまったとしても養えるわ」

「まさかのヒモ理論⁉ ってか、なんで養うこと前提なんですか⁉」

「ノンノンノン。甘いわ」


 人差し指を振り振りして、朋子さんはドヤ顔を決めて言葉を紡ぐ。


「私はね、別にニートのままずっといて欲しいと言ってるわけではないの。ただ、恭平君が私とお付き合いすれば、お金の力で何にでもなれるってこと。パチスロやスロプロになってもいいし、大量のお酒を受注して酒屋を作っても良い。街角のタバコ屋でもいいわ。何なら、毎日お酒もたばこも飲み吸い放題よ!」

「いや、だからなんで就職先がギャンブラーとか商店限定なんですか⁉ せめてPCとか購入してユーチューバーとか実況者とかやらせてください」

「なら、70万円の超ハイスペックPCを用意してあげるわ」

「そこまでの高スペックなものはいりません!」

「安心して頂戴。実はここのアパート。見た目はボロっちいけど、実は最新のニューロ光だから、通信速度は常にMAXよ!」

「なんでよりにもよってそんな高スペックは回線使ってるんですか……?」

「売り込みに来た業者の人に言われたのよ。『今乗り換えないと、このIT戦国時代、不動産業界で乗り遅れることになりますよ』って」

「完全に騙されてる……」


 思わず、恭平はこめかみに皺を寄せ、額に手を置き抱えてしまう。

 そう言えば、怪しい壺を買わされそうになっていたとか、前に果林さんが言っていたような気がする。

 どうやら朋子さんは、色んな情報に騙されやすい性質を持っているらしい。

 すると、はっと閃いたように、朋子さんが手を叩く。


「あっ、そうだわ! せっかく高速回線に入会しているんだから、回線を使ってコールセンターを開くのも良いわね! 夢が広がるわー」

「いや、そもそもコールセンターなんてこの敷地内にどうやって作るんですか?」

「アパートの地下に部屋を増設しちゃえばいいのよ!」

「まさかの地下拡張工事⁉」

「というわけでどうかしら? 包容力のある女性でしょ?」

「包容力のある女性っていうより、お金持ちだけど、勧誘に騙されて無駄遣いしてるかわいそうな地主さんって感じです」

「なんでよ⁉」


 朋子さんは、どうして魅力が伝わらないのといった様子で、驚きに満ちた表情を浮かべている。


「そもそも財力で示すなら。『二人で暮らす新しいマイホームを買って暮らしましょう。場所は一等地がいいわね!』の方が魅力的な提案な気がするんですけど」

「一軒家の持ち家は勿体ないわよ。ローンで支払いがかさんじゃうもの」

「どうしてそこは現実的なんだ……」


 朋子さんとの価値観の不一致に、恭平は再び頭を抱えてしまう。


「むぅ……それじゃあ恭平君の言う包容力ってどういったものなのよ?」

「そうですね。例えばですけど、仕事から帰って来た時にエプロン姿で出迎えてくれて、『おかえりなさいあなた。今日も一日お疲れ様。ご飯にする、お風呂にする? それとも、わ。た、し?』みたいな感じで微笑んでくれる女性ですかね」

「うっ……私はそもそも料理が出来ないから、エプロン姿になるチャンスがなくて無理だわ」


 完全敗北を喫したボクサーのようにガックシと両手と両膝をついて項垂れる朋子さん。


「別に料理は求めてないですよ。どちらかというと求めているのは癒しなので、コスプレ感覚でエプロンだけ身に着けてもらえれば」

「あら、コスプレでいいなら、いつでも裸エプロンするわ」

「別に裸じゃなくて服の上からエプロン着けてくれるだけでいいです」

「なんで? 裸エプロンの方が欲情できるのに」

「性より癒しを求めてるので」


 そうきっぱりと言いきり、恭平はさらに話を続ける。


「あとはまあ、疲れているときに優しく膝枕してくれたりとか、『いつも私の為にありがとう』って言いながら、不意に感謝の気持ちを述べながら抱きしめてくれるだけでいいです」

「そんなのでいいの⁉ 毎晩エッチしたいでしょ⁉」

「毎晩したら疲れちゃうでしょうし。一週間に一回とかでいいんじゃないですか?」

「そ、そんな⁉ あんまりだわ……。恭平君は枯れ過ぎよ!」

「そ、そうですか?」

「そうよ! 仕事から帰ってきたら、まずは強引に後ろから抱き締めて、胸をまさぐって仕事のストレスを発散するものでしょ!」

「いやいやいや、どこのドラマの世界ですかそれ」

「それで、ある程度おっぱいに満足したら、そのまま強引にベッドに押し倒して、肉欲のまま強引にぶち込んで襲い掛かってくるものでしょ!」

「そんなことしません! 何に影響されたらそんな妄想が出てくるんですか⁉」

「妄想も何も……すべて実体験よ……。もう、恥ずかしいこと言わせないで頂戴」

「えっ……」


 朋子さんからこぼれ出た『実体験』という言葉を聞いて、恭平を思わず自分の耳を疑ってしまう。

 頬を染め、ちらちらとこちらを恥ずかしそうに見つめている朋子さん。

 その所作を見て、朋子さんが言っていることが事実だと改めて認識する。

 一体この人は、どれだけ今まで劣悪な男性との交際経験をしてきたのだろうか。

 恭平は、つい興味本位で尋ねてしまう。


「すいません朋子さん。恥ずかしいとは思うんですけど、今までの男性遍歴を教えてもらっても良いですか?」

「ど、どうして?」

「朋子さんの事が気になるからです」

「えっ⁉ そ、それって……私の事をもっと知りたいってこと?」

「はい。もっと朋子さんの事が知りたくなりました。教えてください」


 勘違いされそうだなと思いつつ、恭平はぺこりと頭を下げた。


「しっ……仕方ないわね。先っちょだけよ……」


 ド下ネタを放ちつつ、朋子さんは昔お付き合いをした男性について語り出した。



 五分後、恭平の頭は混乱していた。

 無理もない、朋子さんの過去の恋愛話から出てきたのが、恭平の想像を超える下衆な男どものオンパレードだったのだから。

 一日中お酒を飲みながら家に入り浸り、酒がなくなって暇になれば朋子さんの身体だけを求めるアル中男。

 仕事から帰ってきたら、ひとまずストレスを晴らすため、朋子さんをただの性処理道具として欲望のまま襲い、終わったら興味を無くしたように、永遠とタバコを吸うヤニ中男。

 ギャンブルが仕事だと言い張り、朝からパチンコへと出向き、毎度のごとく借金をしてきて帰ってきて、朋子さんから金を貰い続けるパチスロ男。

 聞いているだけでろくな男が誰一人として出てこない。

 恭平は朋子さんの話を聞いていて、耳が痛くなってくる。

 どうして朋子さんは、今までまともな価値観を持った男の人に恵まれこなかったのだろうと、同情を超えて悲しみさえ覚えてきてしまう。


「ってところかしらねー」


 朋子さんが全てを話し終えたところで、恭平はこれ以上我慢できず、彼女の両肩をぎゅっと掴んでしまっていた。


「きゅ、急にどうしたの恭平君⁉ もしかして、私を襲いたくなっちゃった?」


 相変わらず盛大な勘違いをする朋子さんに向かって、恭平はきりっと目を見開いて言い放つ。


「朋子さん……俺があなたの価値観を修正して見せます」

「えっ……どういうことかしら?」

「朋子さんはピュアで優しすぎるんです。だから、どんなに酷い仕打ちを受けても、これが当たり前なんだって、間違った価値観を植え付けられてしまった」

「えっと……恭平君? 話が見えてこないのだけれど……」

「いいですか朋子さん。まず初めに言っておきます。俺はまず、付き合い始める前に女性と夜の関係を結ぶようなことは絶対にしません」

「えっ、どうして⁉」

「むしろそれが普通の恋愛だからです。お互いに気持ちを確かめ合って、ちゃんと『お付き合いしましょう』と言葉で同意し合った上で、初めて恋愛というのは成り立つんです。だから、付き合う前から成り行きで大人の関係を結ぶというのは、例外的なことなんですよ」

「そ、そうなの? ってことは私、今まで経験してきた恋愛って……」

「別に身体の関係を持ってから付き合い始める男女も一定数いるので、その恋愛方法が間違っているとは言いません。でも、少なくとも俺は、成り行きで身体の関係を結んで恋愛するようなタイプじゃない。だから、もし本気で俺と恋愛する気でいるなら、今までとは違うやり方で、関係を築き上げていきましょう」

「……恭平君」


 話を聞いて、つい熱くなってしまった。

 まるでこれでは、恭平が朋子さんに告白しているようなものだ。

 でも、別に朋子さんの相手が恭平である必要は無い。

 今朝、果林さんと成り行きで身体の関係に発展しかけた男が何を言ってるんだと思う。

 でも、朋子さんは信じ込みやすいタイプだからこそ、間違った恋愛や男に対しての価値観というものを植え付けられてきて、今までろくな男性との出会いがなかった。

 だから恭平は、朋子さんに違う視点で恋愛をもっと純粋に楽しんで欲しいと思っただけなのだ。


「なので今日は、朋子さんへ正しい男女の関わり方というものを、俺が実戦形式でレクチャーしていきます。朋子さんの偏った価値観を修正する為、少しでもズレたところがあったらすぐに指摘しますので、覚悟しておいてください」

「えぇ⁉ それじゃあ、私が考えてきた恭平君のイチャラブ生活プランはどうなるの⁉」

「すべて却下します」

「そんなぁぁぁぁ……!」


 ガックシと両手を床について項垂れる朋子さん。

 しかし、これも朋子さんのため。

 もし朋子さんが本当に誰かを好きになった時、彼女が少しでも普通の恋愛を築いて行って欲しいからこそ、恭平は朋子さんの考え方を根本から治してあげたいと心の底から思ったのである。

 こうして、予期せず、朋子さんの価値観改善計画が始動した。

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