第21話 真の目的

ピンポーン。

時刻は午前十一時を過ぎた頃、恭平の部屋のインターフォンが鳴り響く。

このアパートに越してきてから間もないのに、何度このインターフォンの音を聞いただろうか。


「はーい。どちら様ですかっと」


恭平が覗き穴から覗き込めば、玄関前に立っていたのは朋子さんだった。

朋子さんは、大きなリュックサックを背負い、両手にはエコバッグを下げている。

ガチャリと扉を開けると、朋子さんがにこやかな笑みを浮かべながら恭平を見つめてきた。


「やっほ恭平君! 一番手は私だよ!」


どうやら、鳴海ちゃんが言っていた、『恭平を果林さんから守る会』は本当に発足されていたようだ。

その一番目が朋子さんということらしい。


「今朝は色々とお騒がせしてしまい申し訳ありません」

「いいのよ。私は気にしてないわ。むしろごめんなさいね、鳴海ちゃんが恭平君のプライベートにまで首を突っ込んじゃって」

「いえいえ、俺は特に気にしてないのでお構いなく。それにまあ、鳴海ちゃんの言い分も少しはわかりますので、あまり怒らないで上げてください」

「相変わらず恭平君は優しいのね。そう言う事なら、鳴海ちゃんの代わりとして、私も頑張らないとね」


気合を入れるようにぎゅっと腕を上げようとするものの、エコバッグの中身が重たいのか手がプルプルと震えている。


「大丈夫ですか? 荷物持ちますよ?」

「いいえ、背中をケガしている恭平君に重労働なんてさせられないわ。よいしょっと!」


朋子さんは思いきり反動をつけて、恭平の玄関の上がり框にドスンと両手を塞いでいたエコバッグを置くと、次にリュックサックを肩から降ろして、ズドンとエコバッグ

の隣へ下ろした。


「えっと……こんな大荷物ですけど、一体何が入ってるんですか?」


唖然としつつ恭平が尋ねると、朋子さんがキラキラした笑顔で答える。


「そりゃもちろん、一日分の食料とか色々買い足してきたのよ! 後は主に私の着替えだったりとか布団とか毛布とか寝具一式が入っているわ」

「えっ? もしかして俺の部屋に泊っていくつもりですか⁉」

「当たり前じゃない。むしろ一番襲われやすい時間帯は深夜よ。危険な時間帯に一緒に居なくてどうするの」

「で、ですよね……」


正直お隣さんだし、連絡先を交換して、もしも果林さんが玄関前に夜現れたらSOSの電話をする程度かなと淡い期待をしていたので、恭平も保護されるという意味を改めて実感させられ、思わず頬が引きつってしまう。


「すみません。わざわざ色々と持ってきていただいて」

「いいのよ。気にしないで! これも全部、恭平君の為だから」

「ありがとうございます」

「それじゃあ早速、色々と置かせてもらってもいいかしら」

「はい、どうぞ。あっ、食材とか冷蔵庫に仕舞っておきますよ」

「ありがとう、そうしてもらえると助かるわ」


おもむろに恭平はエコバッグへ手を伸ばす。

中に入っていたのは、既に調理済みのお惣菜や加工食品、パンやおにぎりの数々。

やはり、一緒に買い物へ出かけた時に大方見当はついていたが、朋子さんは料理が出来ないようだ。


「ってか、この量で一日分ですか⁉」


さらに恭平が驚いたのはその量だ。

二つのエコバッグがパンパンに膨れ上がる程、総菜やパンなどがギュウギュウに詰め込まれている。


「えっ? だって恭平君は男の子なんだから、これぐらい平気で食べれちゃうでしょ?」

「いやっ、運動バリバリやってた頃ならともかく、流石に今は無理ですよ」

「あらそうなの? お酒も飲まないしタバコも吸わないって言ってたから、その分食でカバーしているのかと思ったのに」

「あながち間違いではないですけど、流石にここまではキツいですよ。でも、色々買い込んできてくださってありがとうございます」

「どういたしまして」


ひとまず、恭平はエコバッグをズルズルと冷蔵庫の前まで引きずっていき、常温保存でよい物と要冷蔵の物に仕分けしていく。

一方で、朋子さんはリュックから寝具一式を取り出して、設置の準備へと取り掛かろうとしていた。


「恭平君、ちょっといいかしら?」

「はい、何ですか?」

「ベッドなんだけれど、ここでいいかしら?」


朋子さんが指さしたのは、恭平のベッドの隣。


「えっと……わざわざ隣に寝る必要ってあります?」

「当たり前じゃない! 敵はどこから侵入してくるか分からないのよ! もしかしたら、窓から突撃してくる可能性だってあるんだから!」

「落ち着いてください朋子さん。果林さんはル〇ンでもなければ、魔法使いでもありません」


一体朋子さんは、果林さんのことを何だと思っているんだろう?


「それじゃあ仕方ないわね。私はこっちで寝ることしするわ」


渋々諦めた様子で、朋子さんはキッチンとバスルームをつなぐダイニングに布団を敷いた。


「まだ隅に畳んでおいていいんじゃないですか? スペース取っちゃいますし」

「えっ? だって恭平君がいつ私を襲いたくなっちゃうか分からないでしょ?」

「はい⁉」


朋子さんが当たり前ような口調で言ってきたので、恭平は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


「だって、恭平君は年頃の男の子だもの。私を肉欲のままに襲いたくなっちゃった時、布団を敷いておけば押し倒すもの楽でしょ?」

「なんで俺が朋子さんを襲う前提なんですか⁉ ってか、それじゃあせっかく鳴海ちゃんが立ててくれた計画が本末転倒じゃないですか!」

「確かに、私は鳴海ちゃんの計画に賛同したわ。でも、私が今回の提案に乗ったのは、果林ちゃんに恭平君を先取りされてしまうのが嫌だったからなの」

「な、何言ってるんすか⁉」

「私の目的はね。このチャンスで恭平君に唾をつけておく事なのよ」

「なっ……」


そう言う朋子さんは、男を狙う女豹のように見えた。

突如現れた猛獣に、恭平の足がすくんでしまう。


「大丈夫よ。私は果林ちゃんみたいに恭平君の事を強引に襲ったりはしないから安心して頂戴。正々堂々と、私の女としての魅力を存分にプレゼンして、恭平君の方から襲ってきてくれるようにしてあげちゃうんだから♪」

「いや、俺は絶対に襲いませんからね⁉」

「ふふふっ、安心して恭平君。時間はたっぷりあるわ、今日一日で私の虜にしてあげるから覚悟してなさい」

「聞いてませんでした⁉ 絶対に襲ったりしませんからね⁉」


どうやらこの恭平保護生活。

恭平が想像していたようなスローライフは望めないらしい。

鳴海ちゃんも、まさか朋子さんが恭平の事を狙っているなど思ってないだろうし、様子を見に来ることもないので下手したら果林さんの時よりたちが悪い気がする。

予期せぬ伏兵のせいで、恭平の貞操を掛けた一世一代の耐久勝負が、幕を開けるのであった。

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