第二章

第17話 迎えた朝……チュン⁉

 まだ小鳥のさえずりがチュン、チュンと鳴り響く土曜日の早朝。

 来羽らいははトレーニングウェアに身を包み、首元にタオルを巻きつつ、玄関でランニングシューズの靴紐を結び終えて、すっと立ち上がった。


「よしっ、それじゃあ早速恭平きょうへいを起こしに行って、ランニングに誘ってみるとするか!」


 こんな朝早い時間帯だ、おそらくまだ恭平は寝ているだろう。

 けれど、来羽にとってはこの時間からのランニングが毎日のルーティンであり、この後はすぐに準備をして練習のため大学へと向かわなければならない。

 恭平には申し訳ないとは思うが、たまには早起させて、夏休みで崩れた生活リズムを取り戻させるには丁度いい機会だろう。

 いざ玄関の扉を開けて外廊下に出ると、ほぼ同時に両隣の部屋の扉が開き、中からそれぞれ少女達が姿を現した。


「よしっ、今日も一日頑張るぞ!」

「貫徹した甲斐がありました! やっと朝になりましたし、これで準備万端です!」

「し、仕方ないわよね。これは確認、そうよ。確認の為なんだから!」


 二階の住人全員が同じタイミングで出てきて、何やら各々言葉を発すると、三人とも他の住人たちの気配に気づいて視線を巡らせた。

 三人は、唖然とした様子で視線を巡らせる。

 沈黙が訪れる中、最初に声を上げたのは来羽。

 左隣の住人へと向き直り、声を掛けた。


「おっ……鳴海なるみじゃないか。朝に会うのも久しぶりだな」

「おはよう来羽。今日も朝からランニング? 精が出るわね」

「まあ、いつもの日課だからな。鳴海はどうした。まだ夏休み中だろ?」

「うん、そうなんだけどね。ちょっと色々やらなきゃいけない事があるのよ」

「そうなのか」


 二人が挨拶を交わし終えると、必然的に視線は、初めてお目にかかる203号室の住人へと降り注ぐ。

 ロゴT姿のこまるは、ピクっと身震いして縮こまる。

 警戒心を解くように、来羽が優しく微笑んだ。


「おはよう。気持ちのいい朝だな。お隣同士だが、顔を合わせるのは初めてだな」

「あっ……うっ……えっと……」


 こまる、ここにきてコミュ障モード発動。

 金魚のように口をパクパクさせ、言葉が詰まって出てこない。。

 そんな挙動不審のこまるを見て、思わず鳴海と来羽は目を合わせてふっと噴き出してしまう。


「そんなに緊張しなくていいぞ。私たちは同じ階に住む仲間じゃないか」

「そうだよ。落ち着いて。まず深呼吸しよっか!」


 二人に促され、こまるは深呼吸を繰り返す。


「すぅーっ……はぁー、すぅーっ……はぁー」

「はいっ! それじゃあ改めて自己紹介どうぞ!」

「えっ……えっと、初めまして。先月こちらに越してきました遠藤えんどうこまるです……よろしくお願いします」


 頬を真っ赤にして恥ずかしそうにしつつ、何とか自己紹介を言い終えてぺこぺこ頭を下げるこまる。

 そんな小動物みたいな可愛さを持つこまるを見て、来羽と鳴海もほっこりとした気分にさせられる。


「初めまして、202号実の坂本来羽さかもとらいはだ」

「私は201号室の佐藤鳴海さとうなるみよ」

「えっ……えっと、来羽さんに鳴海さんですね」

「“さん”付けなんて堅苦しい呼び方はよしてくれ。普通に来羽でいいぞ」

「私も、鳴海って呼び捨てにしてもらって構わないわ」

「そ、それじゃあ……来羽ちゃんと鳴海ちゃんでよろしくお願いします」

「あぁ、よろしく頼む」

「よろしく」


 こうして、2階の住人たちが三人そろっての初顔合わせとなった土曜日の朝である。

 もちろん、来羽と鳴海は顔なじみ。

 主な原因は、引きこもり生活を送っているこまるにあるのだが、何がともあれこれでようやくお互いの顔を知れたわけである。


「ところで、こまるちゃんはこんな朝早くからそんな恰好で何してるの? どこかお出かけ?」

「はっ、そうでした! 私、今から大事な用事があるんです。お先に失礼します!」


 そう言って、こまるは思い出したように外廊下をトコトコと走り出し、来羽と鳴海の前を通り抜けて、階段を急ぎ足で下りていく。


「あっ、ちょっと危ないわよ!」


 鳴海の忠告を耳にすることなく、こまるは階段を駆け下りて、そのままアパートの出入り口へ――は向かわずに、そのままUターンするようにして一階の外廊下へと向かって行く。


「えっ、ちょっとあんたどこに行くのよ⁉」


 一階の外廊下へと消えていくこまるを見て、慌てて鳴海が階段を降り始めたところで、来羽も異変に気付いて後を追う。

 鳴海と来羽が階段を下りてUターンするように一回の外廊下へと向かうと、102号室、つまりは恭平の家の玄関の前で、扉に耳を傾けているこまるちゃんと、もう一人の住人の姿が目に入る。


朋子ともこさん⁉」

「あら、鳴海ちゃんと来羽ちゃん。二人も朝早くにおはよう」

「おはよう。じゃなくて、こんな朝早くから朋子さんまで何してるの?」


 玄関にへばりつくように耳を傾けているこまるちゃんはさておき、管理人兼103号室の住人である朋子さんは困ったように苦笑した。


「恭平君の様子を確認しに行こうと思っていたの。そしたら、今ちょうど中から女の人の喘ぎ声が聞こえてきて……」

「はぁ⁉」


 朋子さんの発言を聞いた鳴海が叫んだかと思うと、一目散に102号室へと駆け寄り、インターフォンを連打した。

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポン、ピンポン、ピポピポピポピポピポピポ。

 反応がないので、今度はドンドン、ドンドンと鳴海は無造作に玄関の扉を叩いた。


「ちょっと恭平、アンタまさかあの女に襲われてるんじゃないでしょうね! 大丈夫⁉」


 必死な声で鳴海が恭平へと呼びかけるものの、恭平からの返答はない。

 鳴海がドアノブに手を掛けると、鍵はかかっておらず、扉が軽く開いた。

 のっぴきならぬ事態だと感じ取った鳴海は、そのまま一気にドアを開け放ち、部屋の中へと入っていく。

 続くようにして、こまる、朋子、来羽が部屋へとぞろぞろとなだれ込む。

 玄関でギュウギュウ詰めになりながら、四人が部屋の奥を見れば、何とそこには驚きの光景が広がっていた。

 ベッドの上に横たわる恭平。

 その恭平の身体の上に馬乗りになる形で乗っかっていたのは、胸元をがっつり開いたランジェリー姿に身を包んだ果林かりんだった。

 しかも、果林のその二つの大きく実った果実には、恭平の腕が伸びており、ガッシリと果林の双丘を鷲掴みにしていたのである。

 住居人全員が102号室に集合した中、鳴海、こまる、朋子、来羽の視線が恭平と果林へと注がれ、何とも言えぬ気まずい沈黙が流れた。


 どうしてこんなことになっているのか、それは、三十分ほど前に遡らなければならない。

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