第10話 警戒こまるちゃん
太陽はとっくに西の空へと沈み、空が漆黒の闇に包まれる中、夏の虫たちの声が住宅街に鳴り響く。
「ふぅ……やっと終わった……」
恭平はこまるちゃんの部屋の掃除をすべて終えて、ぐったりと膝に手を付いた。
何ということでしょう、先ほどまでゴミ屋敷同然だった汚部屋が、越してきたばかりのような清潔感溢れる御部屋へと様変わり。
ゴミ袋で散乱していたキッチン周りの床は綺麗に片付けられ、辺り一面フローリングの床が見えます。
シンク周りに置いてあった一度も洗われていなかった食器類も、綺麗に洗われて食器棚へと戻されてピカピカに……!
奥の部屋へと進むと、衣類が散乱していたクローゼット周りはなんと、衣類が全てクローゼット内に収納されているではありませんか!
クローゼットを開けば、畳まれた衣類が種類別に置かれており、柑橘系の柔軟剤の香りがぽわぽわと漂ってきて、女の子らしい清潔感ある雰囲気へと様変わり。
そして、天井近くまで積み上がっていた本棚も、漫画と文庫別に分けられ、本棚の中に一冊一冊巻ごとに並べられています。
本棚に入りきらなかった漫画は、段ボールの中へと入れてタンスの中へと仕舞い込みました。
デスクトップパソコン周りの機材やゲーム機も、コード類を束にまとめて整頓。
これで取り出すときにも、コードが絡まることなくスムーズにゲームを楽しむことが出来るでしょう。
とまあ、某テレビ番組風にビフォーアフターを解説してみたけれど、よく半日で片付いたと思う。
「マジでありがとう! こんなに様変わりするなんて……恭平は掃除の天才だ!」
「明日からはちゃんと自分で片づけから全部やるんだよ。分からない事があれば聞きに来ていいから」
「はぁーい」
間延びした声で返事をしてくるこまるちゃん。
完全に打ち解け、こまるちゃんの口調は完全に舐めくさったクソガキだ。
スマホで時刻を確認すれば、夜の九時を過ぎている。
「そんじゃ、俺はそろそろ家に戻るから、今日はお疲れ様」
「あっ、待って! さすがにここまでしてもらって何もしないのも失礼っしょ! 今日は何か奢るよ!」
「奢るっていっても結局ウーバー〇―ツで注文するんでしょ? いいよ、今日から自炊する予定だったし」
「なっ……」
恭平がそう言うと、こまるちゃんは驚愕した様子で口を魚のようにパクパクとさせた。
「嘘……料理出来るの⁉」
「ん? まあ凝ったものは出来ないけど、軽い物なら人並みには作れるぞ」
「いいなぁ……手作りのごはん」
ギュルルルル……。
すると、こまるちゃんのお腹が音を上げ、羨望の眼差しで恭平を見つめてくる。
「言っとくけど、飯はやらんぞ」
「えぇーいいじゃん! 私も人のぬくもりを感じる手料理が食べたい!!」
「さっきまで迷惑かけたお礼に奢ってあげるとか言ってたやつが何言ってんだ!」
「お願い、お願い、お願い! このお礼は何でもしますから!!! あっ、そうだ! この
「いらねぇよ……ってかそれ、そもそも俺も持っ……!?」
しまったと、恭平は慌てて口を手で押さえるものの、時すでに遅し。
こまるちゃんはきょとんとした表情を浮かべたかと思うと、口角を上げてにやりと笑み浮かべた。
「えぇー何々? 恭平ってもしかして、赤火レイカのレッド隊なの?」
ちなみに赤火レイカとは、今流行りの企業系Vtuberである。
レッド隊とは、赤火レイカを応援しているファンやメンバーシップに加入している人たちのことを総称して言う。
まさか、こんなところでボロを出してしまうとは……。
「ほら、飯食わせてやるから、とっとと行くぞ」
「やったぁー」
これ以上深堀させられるのを避けるため、恭平は話題を逸らし、こまるちゃんに手料理を振る舞うことにした。
203号室を後にして、外階段を下りて102号室へと向かう途中、外廊下で隣の101号室へ入ろうとするスーツ姿の果林さんと出くわした。
「あら恭平くん。こんばんは」
「こんばんは果林さん。今帰りですか?」
「えぇ、今日はちょっと残業があってね、帰りが遅くなっちゃったのよ」
「お疲れ様です」
そんな他愛のない話をしていると、果林さんが恭平の後ろにいるこまるちゃんに気付く。
「あら? もしかして、恭平くんの彼女?」
「あっ……えっ……スゥーッ」
ここで、こまるちゃんの人見知り発動。
恭平と初めて出会ったときのようなオドオドとした様子で右往左往している。
このままだと誤解を招きそうだったので、すかさず恭平が間に割って否定した。
「彼女じゃないですよ。この人は、203号室に住んでる遠藤こまるさんです」
「あら。そうだったの。初めまして、101号室の高橋果林です。こんばんは」
「ほら、こまるちゃんもちゃんと挨拶して」
恭平に促されつつ、こまるちゃんが緊張した面持ちで一歩前に出る。
「スゥーッ、こ、こんばんは……遠藤こまるです……」
「こんばんは。ふふっ、派手な見た目の割に、可愛らしい子なのね」
「あっ……うっ……スゥーッ。きょ、恐縮ですー」
大人びた余裕のある態度の果林さんに対し、こまるちゃんは見知らぬおじさんに声を掛けられた子供のように落ち着きのない様子でおろおろしている。
そんな対照的な二人を見ていると、果林さんが声を掛けてきた。
「それで、どうして二人は一緒にいるのかしら?」
「実は、部屋を片付けてあげてたんですけど、ついでにご飯も一緒に食べようという事になりまして」
「あら、そうだったの。ねぇ、良かったらお姉さんも一緒に食べていいかしら?」
「えっ、果林さんもですか?」
「えぇ、沢山いた方がご飯も美味しく感じるでしょ? ダメかしら?」
「俺は別に構わないですけど……」
そう思いつつ、ちらりとこまるちゃんの様子を覗う。
こまるちゃんはスゥーっと独特の息の吸い方をしながら、恐る恐る口を開いた。
「あのっ……出来れば今日は……恭平君と二人でご飯が食べたいなって……」
消え入りそうな声で懸命に意見を述べると、果林さんが眉根を八の字にした。
「あらそう、残念だわ。でもそうね……ちょっといきなり過ぎたかしらね。なら、また今度一緒に食べましょ」
「は、はい……」
そう言って、果林さんは玄関のドアノブに鍵穴を差し込み、施錠を解除して玄関の扉を開く。
「それじゃあ二人とも、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
ひらひらと手を振って、果林さんは自分の部屋へと入っていった。
「それじゃあ、俺たちも行こうか」
「う、うん……」
すっかりしおらしくなってしまったこまるちゃんと一緒に、恭平は102号室へと入る。
「どうぞ」
「お、お邪魔します……」
恭平ががちゃりと玄関の扉を閉めて振り返ると、こまるちゃんがぶはっと大きく息を吐きだした。
「だ、大丈夫?」
恭平が尋ねると、こまるちゃんはくるりとこちらへ振り返り、ぷくりと頬を膨らませた。
「ちょっと待って、何あのお姉さん! めっちゃおっぱい大きくて綺麗だったんだけど⁉」
「あぁ、果林さんのこと? まああれだけスタイルがいいと憧れちゃうよな」
「そうじゃなくて!」
こまるちゃんは声を荒げながら恭平へとさらに迫ってくる。
身体が触れてしまいそうなほど近くまで詰められ、思わず恭平は身体をのけ反らせてしまう。
「恭平は果林さんとどうしてあんなに仲良さげなのよ! ふっ、二人ってもしかして付き合ってたりするの?」
「そんなわけないだろ。ただのお隣さんってだけだよ」
「いーや、それはない!」
「なんでだよ⁉」
「だって果林さん、恭平を見てるとき完全に女の顔してたもん」
「そうか? 俺はただ気を使ってくれているようにしか見えなかったけど……」
「な訳あるか! あれは完全に獲物を狙うハンターの目だったし。雰囲気で分かるの!」
「そ、そうなのか?」
恭平は全くそう言う風には見えなかったけど、こまるちゃんから見たらそう感じたのだろう。
すると、こまるちゃんは何やら思案するように顎に手を当てた。
「私、これから恭平の家に毎日ご飯食べに来ようかな」
「頼むから、それだけは止めてくれ」
「なんでぇ⁉」
とまあそんな感じで、果林さんに対して謎の警戒心を覚えるこまるちゃんであった。
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