第6話 制服姿の少女

 午後、恭平はターミナル駅へと出向いていた。

 本格的な自炊生活に向け、キッチン用品や食器、その他便利な雑貨類を見繕うためである。

 三時間ほどかけて、料理に必要な調理器具などを調達。

 炊飯器も購入したため、帰る頃には両手がいっぱいに塞がるほどの大荷物になってしまった。

 この大荷物を八月の炎天下の中運ぶのは、苦行以外の何物でもない。

 最寄りの駅からアパートへと続く住宅街の坂道を上り、やっとのことでアパートの前へ到着する。

 全身からは、汗がぶわっと吹き出していた。

 家に着いたら、荷物を整理する前にとりあえずエアコンをつけてシャワーを浴びよう。

 そう決めてアパートの入り口をくぐると、ふと人の気配を感じる。

 ちらりと視線を向ければ、二階へと続く外階段に、制服姿の女の子が座り込んでいた。

 髪の毛をサイドテールに結び、可愛らしいクリッとした目、きめ細かい白い肌に艶やかな唇。

 顔立ちは童顔であるものの、その哀愁漂う表情は、少女よりも女性らしい大人びた感じがして、一瞬どきっとさせられる。

 しかも、無防備にも膝を抱えて体育座りをしているせいで、恭平の方からその白い太ももとピンク色のパンツが丸見えで――


 そこではっと我に返り、視線を上げると、少女と目が合ってしまう。

 少女はきょとんとした表情を浮かべたかと思うと、すぐさまパッと顔を赤くして、スカートの裾を両手でバッと抑えて太ももを隠す。


「ど、どうも……」


 恭平は軽くぺこりと一礼して、そそくさとその場を立ち去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 そう叫び、制服姿の少女はすっと立ち上がり、軽やかにジャンプして階段を一番下まで飛び降りると、部屋へ逃げ込もうとする恭平の腕をガシっと掴んできた。


「人のスカートの中見ておいて逃げるとか信じらんない!」

「……ナンノコトカナ?」

「とぼける気? ふざけんじゃないわよ! 今すぐに警察に突き出してもいいのよ?」

「わ、悪かった。ち、違うんだよ、あれは不慮の事故みたいなもので、わざとじゃないんだ」

「ふんっ……それ、覗き魔が嘘つくときの常套手段だっつーの。ってか、女しか住んでないアパートに堂々と不法侵入とか、いい度胸してるじゃない」

「いや、俺ここの住人なんだけど……」

「はい嘘乙。私ここの住人。男が引っ越してくるなんて聞いてないし」

「本当だって、昨日ここの102号室に引っ越してきたんだってば!」

「ふぅーん。空いてる部屋まで入念に調べ上げた覗き魔ですか。マジでキモイですね」

「だから違くて――!」


 全く聞く耳を持たず、人を覗き魔の犯罪者扱いする制服姿の女子生徒と外廊下で言い争いになっていると――


「あら、鳴海なるみちゃんじゃない!」


 アパートの入り口の方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 振り返ると、そこにいたのは大家である朋子さん。

 どうやら外出していたらしく、白のワンピースに麦わら帽子をかぶっていた。

 すると、鳴海ちゃんと呼ばれた制服姿の少女は、ぐいっと恭平の腕を引っ張りながら朋子さんへ訴えかける。


「聞いて朋子さん! この男私のスカートの中覗き込んでアパートに不法侵入した挙句、102号室の住人だとか言い出すんだよ? 今すぐに警察呼んで!」

「落ち着いて鳴海ちゃん。その人は不審者ではなく、紛れもなく102号室に新しく越してきた住人よ」

「はぁ⁉ 嘘でしょ⁉」


 驚きを隠せない様子で恭平を見つめる少女。


「だから、さっきから言ってるだろ。君のスカートの中が見えちゃったのは不可抗力で、昨日越してきた新しい住人だって」

「そんな……私が帰省してる間に何が起こったのよ」


 少女は理解が追い付かないらしく、その場で頭を抱えてしまう。


「えっと……改めて初めまして。昨日から102号室に越してきました、平野恭平です」


 恭平が自己紹介をするも、制服姿の少女はちらりとこちらを睨みつけてくる。


「ほら、鳴海ちゃんも自己紹介しなさい」


 朋子さんに促され、渋々といった感じで口を開く。


佐藤鳴海さとうなるみ。201号室の住人よ」


 鳴海ちゃんは、むすっとした表情ながらも自己紹介をしてくれた。


「えっと鳴海ちゃんね。さっきは本当にごめん、わざとじゃないんだ。ただ、声を掛けずに見とれちゃった俺も悪かったよ」

「ふん、本当にだかどうだか。あと、気安く下の名前で呼ぶな」

「こら、鳴海ちゃん!」


 朋子さんが鳴海ちゃんを注意するものの、彼女は聞く耳を持たず、ギロリと恭平を睨みつけてビシッと指差した。


「先に言っとくけど、私は絶対にアンタが住人なんて絶対に認めないから。覚えときなさい!」


 そう言いきって、鳴海ちゃんは朋子さんの部屋である103号室へと歩いて行く。


「朋子さん鍵ちょうだい。私ずっと待ってたんだから」


 すれ違いざま、恭平に向かってべーっと舌を出して挑発する鳴海ちゃん。

 どうやら、初対面の印象が悪すぎたらしく、恭平は相当嫌われてしまったらしい。

 こりゃ誤解を解いてもらうまでしばらく時間がかかりそうだなと恭平が頭を掻いていると、横に並んだ朋子さんが声を掛けてきた。


「ごめんね恭平君。実は鳴海ちゃん、男の子が大の苦手で……。あまり気を悪くしないで」

「あっ、そうなんですね。だから、あんな態度を」


 朋子さんからの説明でようやく納得がいった。

 通りで、いくら謝っても敵対心むき出しなわけだ。


「まあでも、事故とはいえスカートの中を覗いてしまった俺も悪かったので、徐々に打ち解けられるよう頑張ります」

「えぇ……そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、もし何か鳴海が粗相をかけたら言ってね。私が叱っておくから」

「いえいえ、そこまでしなくていいですよ。年頃の女の子ですし、男子を毛嫌いする気持ちもなんとなく分かりますから」

「ダメ! 鳴海は私が責任もって預かっているの、だから保護者として悪いことをしたら怒るのは当然の事でしょ?」


 そう言いきる朋子さんに、恭平は一つ疑問を尋ねる。


「えっと……保護者っていうのは、一体どういう意味ですか?」

「あっ、説明していなかったわね。実は、鳴海は私の姪なのよ。高校でこっちに上京してきて、私のアパートに居候みたいな形で住んでいるの」

「あ、そう言うことだったんですね」


 さっきから妙にお互い距離が近いと思っていたら、そう言う理由だったのかと得心がいく。


「だから、鳴海が色々と迷惑かけるかもだけど、色々とよろしくね」

「はい、分かりました」


 鳴海ちゃんの事情を大体把握したので、これから気分を害さない程度に、徐々に誤解を解いていく事にしよう。

 恭平が決意を新たにしていると、奥の方から大きな声が聞こえる。


「朋子さん、そんな変態キモオタ覗き魔と話してないで、早くしてよ!」

「こら、恭平君に失礼でしょ! それじゃあ恭平君。またね」

「はい、また……」


 朋子さんがドスドスと鳴海ちゃんの方へと向かって行き、こつんと思いきり拳骨をくらわしている姿を見て、なんだか微笑ましく思ってしまう恭平なのであった。

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