第5話 騒音
ドスッ……ドスッ……。
翌朝、恭平は上の階から聞こえてくる音で目を覚ました。
「んんっ……?」
スマホの時刻を見れば、朝の九時を回ったところ。
ドスッ……ドスッ……。
上の階の人がジャンプでもしているのだろうか。
重々しい物音が一定の間隔で続けざまに聞こえてきていた。
「はぁ……これじゃあ二度寝も出来そうにないな」
これだけドスドス音を出されては、いくら恭平でも眠りにつくことは難しい。
仕方がなく恭平はベッドから起き上がり、洗面所で顔を洗ってから、朝食の用意をすることにした。
しかし、朝食の用意をしている間にも、上の階からはドスン、ドスンという音が定期的に響き続けている。
上の階を見上げながら、恭平は思わず眉間に皺を寄せてしまう。
「流石にここまで来るとうるさいなぁ……」
しびれを切らした恭平は、寝間着から普段着へと着替え、寝癖を直してから鍵を持って外に出ると、そのまま外廊下を歩いて二階へと続く階段をトコトコと上っていく。
202号室の前に到着して、恭平はすかさずインターフォンを押した。
ピンポーン
しばらく待っていると、タッタッタっと部屋の中から足音が聞こえて来て、がちゃりと部屋の扉が軽く開かれる。
「……誰だ?」
そう言いながら玄関の扉から顔をのぞかせ、威嚇する様子で恭平を睨みつけてきたのは、水色の半袖スポーツウェアを身に着け、ベリーショートの髪型をしたボーイッシュな女性だった。
恭平は女性の威圧感にたじろぎつつも、ぽそぽそと言葉を紡ぐ。
「あっ……えぇっと、初めまして。昨日から102号室に越してきました平野恭平と申します」
恭平がぺこりと頭を下げて自己紹介兼挨拶をすると、女性ははっとした様子で口を開いた。
「あぁ!そう言えばこの前、高橋さんが下の階に新しい住人が越してくるとか言ってたな」
恭平が下の住人であることを理解したのか、ようやく女性は警戒心を解いて玄関から外廊下へ出て来てくれた。
途端、彼女の全身を見て、恭平は思わず見入ってしまう。
一目見たらわかる、その鍛え上げられた身体つき。
引き締まったくびれやしなやかな脚のラインがくっきりとしていて美しい。
首にはタオルを巻いており、どうやら朝のトレーニング途中だったらしく、首や額に掻いた汗がつぅっと頬や首筋を流れている。
そんな彼女は、汗を気にする様子もなくすっと手を差し出してきた。
「初めまして、私は
「は、はい……よろしくお願いします」
恭平もその手を握り返し、ぎゅっと熱い握手を交わす。
「それで、下の住人がこんな時間に何の用だ?」
お互いに手を離し、来羽さんが首を傾げながら尋ねてくる。
「あっ……いえっ、そのぉ……上の階から物凄い音が聞こえてきていたので、何しているんだろうと思いまして」
「あぁ、バーピージャンプトレーニングを行っていたんだ。朝から騒がしい音を響かせてしまいすまない。昨日から下の階に住人が越してくることは聞いていたのだが、完全に失念していた」
来羽さんは、素直に非を認めると、申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「いえいえ、とんでもないです! 運動は健康にいいですからね! ちなみに、何かスポーツでもされてるんですか?」
「ん? あぁ、大学でバスケ部に所属しているぞ」
通りで、身体がスポーツマン体型をしているなと納得する。
「ちなみに、どこの大学に通っているんですか?」
「ほら、ここから歩いて10分ほどにある――」
「えっ、もしかして、
来羽さんの言葉を遮って、恭平は食い気味に尋ねてしまう。
「よく分かったな。そうだ、私は早応大学の二年生だ」
「えっ……しかも同い年⁉」
まさか、同じ大学に通う同い年であることが発覚し、恭平は動揺を隠しきれない。
「実は、俺も早応大学に通ってる二年生なんですよ」
「ほう、なんだ。お前も早応大学の二年生なのか。ってことは同い年だな。ちなみに、学部は?」
「スポーツ心理学部です」
「これまた同じだな。ってことは、お前も何かスポーツをやっているのか?」
「俺はそのぉ……」
来羽さんに尋ねられ、恭平は何といえばいいか分からずに口ごもってしまう。
「別に言いたくないのであれば言わなくていい」
恭平が困っているのを察してくれたのか、来羽さんはあまり追求しないでくれた。
「まっ、うちの学科は大体の学生が部活動に所属しているけど、お前みたいに真剣に勉学に励んでいる奴も一定数いるからな」
「そうですね。もしかしたら、大学内のどこかですれ違ってたかもしれませんね、俺たち」
「あぁ、そうだな。今度大学で会ったら、以後お見知り置きを頼む」
「分かりました」
「そんなに畏まらなくていいぞ。なんせ、私たち同い年なんだから」
「分かった。それじゃあこれからは、砕けた口調で話すことにするよ来羽」
「あぁ、そうしてくれ恭平」
こうして、早くも打ち解け始める二人。
まさか、アパートに同じ年齢、大学、学部に所属している生徒が住んでいるとは、夢にも思っていなかった。
恭平が驚きに満ちていると、来羽さんが恭平の身体を舐め回すように見つめてくる。
「ど、どうしたの?」
「いやっ、すまない。随分と細身な身体をしているなと思ってな。どうだ、良かったら一緒に私とトレーニングしてみないか?」
「誘ってくれるのは嬉しいけど、遠慮しておくよ」
「そうか……残念だ」
あからさまにしょんぼりと項垂れる来羽。
どうやら、相当な運動好きらしい。
「まあとりあえず、事情は分かったから、今度からもう少し音を抑えてトレーニングしてくれると助かるよ」
「あぁ、今日は本当にすまなかった」
「ううん、平気、平気。バスケ部での活動頑張って」
「ありがとう。恭平の期待に応えられるよう努力する」
そう挨拶を交わして、恭平たちはそれぞれ軽く一礼して、それぞれ部屋へと戻っていくのであった。
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