第4話 お姉さんの密かな願望~Side果林~
これは、恭平が引っ越す、約一週間前の出来事。
私、高橋果林はいつものように仕事を終え、アパートへと帰宅して、玄関の扉を開けようとした時だった。
突然、103号室の扉が思い切りよく開き、一人の女性が飛び出してくる。
「果林ちゃん、果林ちゃん、果林ちゃん!!!!!」
私の名前を呼びながら飛び出してきたのは、アパートの大家兼住人である斎藤朋子さん。
普段はとても明るくて素敵な人なんだけど、常識が抜けてるところがあり、ちょっぴりドジっ子なのが玉に
この前も、近所で仲良くなったという知らないご婦人に、怪しい壺を買わされそうになっていた。
見ていておっかないけれど、助けてあげたくなってしまう庇護欲をそそられてしまうのがまた不思議である。
そんな朋子さんは、猛ダッシュで私のところへと駆け込んでくると――。
「ねぇ聞いて聞いて! 102号室に新しい住人が引っ越してくることになったの!」
と、大はじゃぎで私に伝えてきた。
朋子さんからの話を聞いた私も、思わず驚きの声を上げてしまう。
「へぇー! やっと私たちの間に住居人が来るんですね」
「そうなの! これでやっと六部屋すべて埋まって、このアパートも賑やかになるわ!」
「そうですね。203号室の子もこの前引っ越してきたばかりですし、一気に活気づいてきましたね」
「ほんとそれ! 私ずっと不安だったのよ。このアパート、内装はリフォーム済みだけど外観がボロいでしょ? だから見た目だけで敬遠されてるんじゃないかって」
「そんなことないですよ。確かに外観だけ見たらちょっと不安になりますけど、中は他の一人暮らしの部屋と代り映えしないほど立派ですから」
「だよね、だよね! はぁ……これでやっと不動産屋さんとの連絡を頻繁に取らなくて済むわ。あのおじさんちょっと面倒くさかったのよ」
「そうなんですか、色々と大変だったんですね」
私が当たり障りのない返事で返すと、朋子さんははっと思い出したようにキラキラと目を輝かせた。
「そうそう! それでね、102号室の新しい住人なんだけど、大学生の男の子らしいの! ついにこのアパートにも若い
「ちょっと朋子さん、言い方、言い方。それと、いくら何でもはしゃぎすぎですから」
「だって、大学生の男子よ⁉ 性欲真っ盛りで、女とヤることしか考えてない猛獣
……いや、
「もう、朋子さんは大学生男子より
「むぅ……果林ちゃんに言われなくても分かってるわよ」
朋子さんはぷくりと頬を膨らませ、拗ねたような顔をする。
「でも……」
そこで私は一つ言葉を区切ってから、にっと口角を上げる。
「どんな子が引っ越してくるのか、私もちょっと興味はあります」
「あれあれー? もしかして、果林ちゃんも実は密かに若い男の子狙ってたりとかー?」
「朋子さんと一緒にしないでください。私はただ、興味本位でどんな子が引っ越してくるのか楽しみにしているだけです」
「ちぇーっ。つまらないんだから。でも果林ちゃんも私より年齢いってないにしろ、そろそろ彼氏の一人でも作ったら?」
「言われなくても、私は朋子さんより出会いはありますからご心配なく」
「くぅぅぅぅ……! ハズレくじでいいから是非今度紹介してくれない?」
「お断りします」
とまあ、そんな感じで朋子さんと女子トークで盛り上がった後、私はようやく部屋へと入った。
玄関でピンヒールを脱ぎ捨てて、部屋の明かりをつける。
スーツを脱いで、
「大学生の男の子か……」
さっきは朋子さんに一緒にいたから嘘を付いてしまったけれど、実を言うと大学生が引っ越してくると聞いて、内心とてもびくりとしていた。
「一体どんな子が引っ越してくるのかしら?」
いつものお姉さん口調に戻り、スーツを脱いだ下着姿のまま、私は独り言をつぶやきながら妄想に耽ってしまう。
例えば、少し細身の男の子で、私の姿を見てどぎまぎしつつも、しどろもどろに挨拶してくる草食系男子君かしら。
『どっ……どうも! はっ、初めましてっ!』
「ふふっ……可愛らしいわね」
引っ越してくる男の子を想像して、思わず独り言がこぼれてしまう。
もしチェリー君が引っ越して来たら、私が手取り足取り女のいろはを一から教えてあげようかしら。
今度は逆のパターンを想像する。
今風のザ・大学生デビューって感じの男の子で、金髪で筋肉質、好きなものは酒と女とSEX。私が偶然廊下で会うたび、違う女の子をとっかえひっかえ家に連れ込んでいる肉食系男子君だったら……。
『あっ、果林ちゃんどーもでぇーす! ちぃーっす』とか軽い口調で挨拶されるのかしら?
それとも、『あっ、チスッ』っと、年上のお姉さんには興味ない乙www
と言わんばかりの無機質な挨拶をしてくる人だったり?
「それはそれで、調教し甲斐がありそうだわ」
彼が夜、彼女と
『私とは遊びだったの⁉ こんなおばさんが好みなんて信じらんない!』と彼をビンタして逃げていく彼女。
後日、彼女に振られた腹いせに、私の家へ押しかけてくる彼。
眉間に皺を寄せた彼が、オラオラと私へ迫ってきて――
『おいてめぇ……この前はやってくれたな。どう落とし前つけてくれるんだ? あ“ぁ?』
『べっ、別に私はそう言うつもりじゃ……』
『テメェのせいですべて台無しだ。この代償は、お前の身体で払ってもらうからな』
『そ、そんな……いやっ……!』
無理やりベッドに押し倒され、力づくに両腕を抑え込まれ、肉欲のままに胸を揉まれる。
そんな……私、こんな強引に……初めてを奪われちゃうっ!!!
「あぁ……そんなシチュエーションも良いわねー」
下着姿のまま妄想に耽り、気づけば身体をもじもじと捩っていた。
私はベッドに膝をつけ、そのまま壁に片耳を当てて、隣の部屋に引っ越してくるであろう彼を想像する。
「ねぇ、君は一体、どんな風にお姉さんを見てくれるのかしら?」
引っ越してくるであろう彼に向かって、問いかける。
「でも安心して。例え君がどんな男の子であろうと、絶対にお姉さんの虜にしてあげるから♪」
早く越してきて欲しいという気持ちで胸がいっぱいになり、私は結局その日、夜遅くまで色々な妄想が捗ってしまうのであった。
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